2026年10月11日日曜日

『西宮記』電子テキスト構築プロジェクト(報告2 故実叢書本『西宮記』翻刻ルール)

巻7の入力にはもう一ヶ月くらいかかるので、9月10日からの進捗状況を。

増補故実叢書本『西宮記 第二』巻七の途中(一~一八頁)

まで入力し終えました。

Wordで入力した原稿をPDF化すると、A4用紙53枚分になりました。文字数を単純に数え上げると 18,783字となりました。9月10日から30日で上下2段組のテキスト18頁分を入力できました。

前回より多少ペースが落ちていますが、これは巻一が本文と割注だけの扱いやすいテキストだったのに対して、巻七には本文と割注に加えて、頭注と傍注がたくさん書き加えてあるからで、このうち頭注が、AIにとっては予想外に読みにくかったようで、正確に読んでもらえるまで試行錯誤をくり返しました。ある程度コツをつかんだので、次はもう少しペースアップしたいところです。

AIには、読みにくい箇所に出会うと、自分で読みやすいように字句を改変する特徴があり、それは本来、AIの長所というべきものなのですが、史料の翻刻に利用する場合は、一字一句ていねいにチェックする手間を、絶対に惜しまぬ必要があります。調子の良いときは、8、9割の正確さで、人間には不可能なスピードで一気に翻刻してくれるので、これを使わぬ手はないのですが、すべてAIに任せれば何とかなる、という話でないことは常に肝に銘じていきます。

さてAIは、作業の前に、これからする翻刻のルールをまとめて表示する必要があります。最初だけ自分で短いルールを作って、そのルールに従って作業を進めます。ひと仕事終わるたびに、次に向けて必要なルール変更をしてほしいと伝えると、新しいルールをAIのほうで勝手に更新してくれます。

ですので、これからもどんどん更新されるものですが、今使っている翻刻ルールの最終版を掲げておきます。現在ちょっと長めになっていますが、これをコピペしたあと、実際の作業が始まります。割と頻繁にバージョンアップしているので、よりシンプルなものが出来たらまた載せます。

  * * *

故実叢書本『西宮記』翻刻ルール

1 作業の目的

この作業は『西宮記』の文章を解釈・校訂する作業ではない。

故実叢書本の画像に見えている文字・記号・位置・順序・改行を、そのまま電子テキストへ転写する作業である。

したがって、

意味より字形、文章より位置、推測より画像を優先する。

文章として不自然でも、誤字・誤植と思われても、勝手に直さない。


2 最重要原則

文章を読もうとせず、画像上の文字列を座標順に転写する。

「この文脈ならこの字のはず」「この熟語になるはず」という推測をしてはならない。

特に、

  • 前後の意味が通るように字を変更する
  • 熟語として自然になるように補う
  • 行をまたいで文章を組み直す
  • 以前見た表現に似せて読む
  • 読めなかった字に、文脈からもっともらしい字を入れる

ことを禁止する。

読めない字を□にすることは許される。推測して誤字を入れることの方を重大な誤りとする。


3 読み順――縦一行を物理的な最下部まで読む

原則として、右上から左下へ読む。

縦一行について、

上端 → 物理的な最下部まで全部確認する → その左隣の行へ移る

という順序を厳守する。

一行の途中から隣の行へ移って文章をつなげてはならない。

特に重要なのは、丸数字や大きな空白があっても、その場所で一行が終わったと判断しないことである。

たとえば、

常、⑬         甚雨幷入夜之時、

のように、丸数字⑬のさらに下方に文字が続いている場合がある。

したがって、

丸数字がある → その下方を確認する → 文字がないことを確認してから左隣へ移る

という手順をとる。

文章として切れているように見えることを、一行終了の根拠にしてはならない。


4 本文

本文は、原画像の改行をそのまま残す。

丸数字①②③……は、画像上に存在する位置から絶対に移動しない。

たとえば、

諸卿着左衞門陣          ③大

とあれば、文章上③を別の場所に置いた方が自然に見えても、そのまま再現する。

空白にも位置上の意味があるため、明らかな空白は可能な限り保持する。

本文を読み終えたら、

  • 行頭
  • 行末
  • 丸数字の位置
  • 大きな空白の前後

を重点的に再確認する。


5 割注・傍注

丸数字から▲までを一単位とする。

画像上の▲だけを削除し、

①〈……〉

の形式にする。

二行以上の場合は、

右行 → 左行

の順に読む。

〈 〉内部でも、原画像の改行をそのまま保持する。

例:

①〈右側の行
左側の行〉

一続きの文章として一行にまとめない。


6 頭書

頭書は特に文章として読まない。

まず文字を読む前に、

  1. 行数
  2. 各行の字数
  3. 「(上)」「(下)」を一行として数えるか
  4. 最終行のみ字数が少ないか

を画像またはユーザーの指定から確定する。

たとえば、

⑯=6行
⑰=11行
原則1行4字
⑯最終行=1字
⑰最終行=3字

と指定された場合、この枠を先に固定してから文字を入れる。

4字であるべき行が3字または5字になった場合は、読みが間違っているものとして、回答を出す前に画像へ戻る。


7 字数指定は最優先の検算条件

頭書に限らず、本文・割注・傍注についてユーザーから字数が指定された場合は、文字を読む前にその字数を固定する。

たとえば、

①=25字+26字
②=18字+18字
③=11字+11字

と指定された場合、

右行25字・左行26字

などの構造を先に確定する。

転写後は、必ず実際に一字ずつ数える。

ユーザーが「読点も含める」と指定した場合は、

「、」も一字として数える。

指定された字数と一致しない場合は、文章として自然に見えても回答を確定しない。

「意味が通る」より「指定字数と画像が一致する」を優先する。


8 頭書の「(上)」「(下)」

「(上)」「(下)」も原画像にある文字として扱う。

勝手に削除しない。

指定された行数に「(上)」「(下)」が含まれる場合、それも一行として数える。

たとえば、

⑯(上)

を4字の一行として数えるよう指定された場合、その指定に従う。


9 旧字体・異体字・特殊文字

旧字体・異体字・誤植・誤写を、可能な限り原画像どおり転写する。

現代字体へ統一しない。

これまで確定した例として、

㓨、卌、筥、毀符、廳、鞆、鏁、𭅪

などを、勝手に一般的な字体・語へ置換しない。

ただし、以前同じような字形が出たという理由だけで同じ文字と決めない。

毎回まず現在の画像そのものを見る。


10 判読不能字

判読できない文字は、

□

とする。

一字判読不能なら□一つ、二字なら□□とし、原画像上の位置に置く。

文脈・故実知識・他本などから推測して補わない。

「たぶんこの字だろう」と推測するくらいなら□を選ぶ。


11 「〔頭書〕」「〔頭書一〕」等

〔頭書〕〔頭書一〕〔頭書二〕……

など、原画像に存在する文字・記号はそのまま残す。

画像にない「〔頭書二〕」などを、内容や順序から推測して追加してはならない。


12 回答前の三段階確認

翻刻ができても、すぐ回答しない。

第1確認――構造

画像だけを見て、

  • 行数
  • 改行
  • 丸数字の位置
  • 丸数字より下に文字が続いていないか
  • 空白
  • 割注の右行・左行
  • 頭書の行数
  • □の位置

を確認する。

第2確認――字数

字数指定がある場合、

実際に一字ずつ数える。

指定された、

  • ○字+○字
  • 1行4字
  • 最終行のみ1字・2字・3字

などと完全に一致することを確認する。

一致しなければ、その時点で画像へ戻る。

第3確認――文字

作成した文章に引っ張られないよう、もう一度原画像へ戻り、

右から左へ、一字ずつ照合する。

特に「意味がよく通る箇所」ほど、本当に画像と一致しているか確認する。


13 ユーザーから「違う」「読み直して」と指摘された場合

「違う」「読み直して」「画像がおかしい」「全然違う」と指摘された場合、

前回答を部分的に眺めて、それらしい別字へ置換してはならない。

必ず、

原画像へ戻る → 該当範囲を最初から一字ずつ読み直す

という手順をとる。

特に「出だしから違う」と指摘された場合は、前回答を正解候補として使用しない。


14 「Aではない」と言われた場合――候補字交換の禁止

ユーザーから、

「書」ではない
「官」でもない
「史」でもない

などと指摘された場合、否定された文字に似た別字を順番に試してはならない。

つまり、

書 → 官 → 史 → 使……

のような当てずっぽうの候補交換を禁止する。

この場合はいったん候補を白紙に戻し、

原画像の字形そのものを最初から観察し直す。

それでも読めなければ□とする。


15 「ここだけ修正、ほかはそのまま」の場合

これは厳守する。

ユーザーが、

○○を△△に修正。ほかはそのままでOK。

と指定した場合、

指定箇所以外は一字も変更しない。

この場合は、ほかの部分について画像を再解釈する必要もない。

確定済み本文へ、指定された変更だけを機械的に反映する。


16 「一部OK、ほかは再読」の場合

ユーザーが、

①②はOK。ほかはもう一度。
⑤⑥⑦⑧⑩はOK。

などと指定した場合、OKとされた部分をその場で凍結する。

以後、

  • OK部分=確定稿。再読・再解釈しない
  • 未確定部分=原画像から最初から読み直す

とする。

未確定部分の再読によって、OK部分を巻き込んで変更してはならない。


17 「OK」「これで確定」の扱い

ユーザーが「OK」「これで確定」とした部分は、確定稿として扱う。

その後まとめて再掲するときは、確定稿をそのままコピーする。

再掲時に読み直して別の字へ変更してはならない。

最終案は「確定稿を集めたもの」であり、新たに翻刻し直したものではない。


18 誤読訂正を次の画像に生かす方法

過去に確定した翻刻は、参考字形集として利用する。

ただし優先順位は、

①現在の原画像
→ ②同じ故実叢書本で確定済みの字形
→ ③文脈

とする。

③の文脈だけを根拠に文字を決めてはならない。

また、②もあくまで参考であり、

「前にこの字だったから今回も同じ字」

とは判断しない。


19 本文・割注・頭注を混同しない

本文、割注・傍注、頭注は、それぞれ独立して処理する。

原則として、

本文を確定してから割注へ進み、割注を確定してから頭注へ進む。

本文を読んでいる途中で割注の内容から本文を推測したり、頭注の内容を使って本文を補ったりしない。


20 画像と出力形式を区別する

原画像は判読のための資料であり、回答そのものではない。

ユーザーが翻刻を求めている場合、回答は原則としてテキストのみとする。

画像を作成・加工して回答として提示しない。

画像は内部的な判読・照合のために使用する。


21 禁止事項

以下はしない。

  • 校訂
  • 補訂
  • 文意による推測
  • 文法による修正
  • 語順の整理
  • 改行の整理
  • 丸数字の移動
  • 丸数字を「段落の終わり」とみなすこと
  • 頭書・傍注の位置変更
  • 誤植と思われる文字の訂正
  • 現代字体への統一
  • 読めない字の推測補入
  • 原画像にない語句・記号の追加
  • 確定済み箇所の無断変更
  • 「Aではない」と言われたときにB・C・Dと候補を順番に試すこと
  • 指定された字数と合わないまま回答すること
  • OK箇所を再読して変更すること
  • 最終稿作成時に確定稿を再解釈すること

22 実際の作業順

今後は原則として、

本文
→ 本文の訂正・確定
→ 割注・傍注
→ 割注・傍注の訂正・確定
→ 頭注
→ 頭注の訂正・確定
→ 次ページ

とする。

ファイルの投入順は、

⑩A → ⑩A割 → ⑩B → ⑩B割 → ⑩B頭注のみ → ⑪A……

のように進める。

一ページを粗く読んで先へ進むより、

その場でほぼ100%まで確定してから次へ進む。


23 訂正作業の優先順位

訂正が入った場合は、次の順で処理する。

① ユーザーが指定した確定文字・訂正文字
② ユーザーが指定した行数・字数・位置
③ 現在の原画像
④ 過去に確定した同版の字形
⑤ 文脈

①②は絶対条件として扱う。

⑤だけを理由に文字を変更してはならない。


24 最終稿をまとめるとき

最終稿は、新たに画像を読み直して作らない。

それまでに、

  • OKとなった部分
  • ユーザーが訂正した部分
  • 最後に確定した部分

をそのまま連結して作成する。

最終稿作成時の「改善」「統一」「修正」は禁止する。


25 毎回の最終チェック用命令

画像を読む直前と、回答を出す直前に、内部的に次を確認する。

文章を解釈するな。画像上の文字を転写せよ。
右の縦一行を物理的な最下部まで確認してから左へ移れ。
丸数字があっても、その下に文字がないか確認せよ。
意味より字形を優先せよ。
読めなければ□にせよ。
改行・丸数字・空白を動かすな。
指定された行数・字数を先に固定せよ。
字数指定がある場合は、回答前に実際に一字ずつ数えよ。
OK箇所は凍結し、未確定箇所だけを原画像から読み直せ。
「この字ではない」と言われても別候補を推測するな。原画像へ戻れ。
最終稿では確定稿を再解釈するな。
回答前に原画像と一字ずつ再照合せよ。

 

※ここまで書き込んであれば万全なように思えるのですが、これはちょっと長すぎないか、とも思って作業を進めてみると、やはり折角のルールをAI側が読み飛ばして、あまり意味がないことになっていました。恐らく次の1セットを読み込むときには、もっと短く要約した版に作り直すことになりそうです。ただし、ルールを考えるのもAI側なので、こちらは新しいのを考えて、とお願いするだけで、30秒もあれば新バージョンはできるので、さほど手間はかかりません。

2026年9月12日土曜日

『西宮記』電子テキスト構築プロジェクト(経過報告1)

『西宮記』電子テキスト構築プロジェクト

始めたそばから頓挫するわけにはいかないと、空き時間を使って入力を進め、無事に

増補故実叢書本『西宮記 第一』巻一 年中行事 正月上(一~四〇頁)

を入力し終えました。

Wordで入力した原稿をPDF化すると、A4用紙103枚分になりました。文字数は史料以外の文言も少し入っているのであくまで目安ですが、40,514字となりました。7月10日くらいから入力を始めて、大体60日くらいで上下2段組の漢文テキストを40頁分入力できることがわかりました。

今のペースを保てれば、2冊636頁をおよそ30ヶ月ほどで電子テキスト化できることになります。これにばかり集中できるわけではないので、大体3年くらいかかるプロジェクトとして考えていきたいです。

すべてを手作業に頼って原稿を入力した場合、これより4、5倍は時間がかかるはずなので、単純に計算すると、年末までにようやく巻一が仕上がって、全巻を入力するのに10年以上かかってしまうところでした。AI様々といったところです。

AIの使い方は、まだまだ日々対話を重ねて良い方法を探っているところなので、もうしばらく経ってから言語化しようと思っています。単純にいえば、PDF化したテキストをAIに一次翻刻してもらい、そこに一字一句修正を加えているのですが、その際、できるだけ正確に読み取ってもらうためには、いろいろな創意工夫が必要になります。

現在のAIは割注や傍注、頭書の読み取りが苦手です。最初は「出来ます」と答えていたので、本文も割注も気にせず任せてみたところ、割注の多い箇所はほとんど意味不明な翻刻になってしまいました。そこで、いろいろ対話を重ねながら良い方法を探してきました。現状では翻刻の精度もかなり上がっていて、修正する字句がかなり少ないところまで来ました。でも、まだ改善する余地はありそうです。

次は当初、増補故実叢書本『西宮記 第一』巻二 年中行事 正月下に取りかかる予定だったのですが、全巻の電子テキスト化が目標なので、一番難渋な臨時の最初の巻に早めに取り組むべきだと思いました。そこで次は、

増補故実叢書本『西宮記 第二』巻七(臨時一)

の電子テキスト化を行うことにしました。恐らく全巻のなかで一番複雑な構成をもっている巻なので、こちらを早めに入力して、全巻完成への道筋をつけたいと思っています。

『西宮記』は学生時代に何度も精読したはずの書物ですが、やはり全巻を書き写すのは効果が違いますね。まだ一巻だけですが、これまで気が付かなかった発見もあって、実に楽しい時間を過ごせています。全巻打ち込みの終わる頃に、新しい論文の構想が整っていたらいいな。

2026年8月14日金曜日

『西宮記』電子テキスト構築プロジェクト、始動!(兼 暑中見舞)

 ふつうの論文を書くまとまった時間は、どうやら本業の引退まで取れそうにないので、しばらくは細切れの空き時間を活かすべく、『西宮記』を中心とする平安時代私撰儀式書の電子テキスト化を進めることにしました。


 『西宮記』電子テキスト構築プロジェクト

  平安時代を代表する私撰儀式書である『西宮記』について、将来の校訂本作成に向けた基礎的作業として、まずは活字本(改定史籍集覧本、増訂故実叢書本、神道大系本)の電子テキストを作成する。3本同時では終わりが見えないので、しばらく故実叢書本『西宮記』の電子テキスト化に集中する。故実叢書本は、前田育徳会尊経閣文庫所蔵の巻子本『西宮記』のかなり忠実な翻刻になっているので、故実叢書本の電子テキスト化が終わりしだい、その成果をもとに、前田家巻子本の正確な翻刻を行いたいと考えている。

 改定史籍集覧本と神道大系本は大雑把にみて同系統ともいえるが、将来、前田家大永本の翻刻へと進みたいので、どちらの活字本を選ぶべきかはこれから判断したい。


 こんなことは自分で勝手に考えて進めておけば良いことであるが、すぐに諦めてしまわないように、毎月の進捗状況を報告していこうと思う。具体的方法は、今も試行錯誤を続けている段階なので、もう少し落ちついてからまとめる予定である。7月のはじめから動き出して、8月半ばまでに故実叢書本『西宮記 第一』の1頁から15頁までを終えた。A4用紙で37頁ほどになった。9月中に巻一、年内に巻二くらいまでを予定している。今はWordを使用しているが、割注を再現できないので、近い将来、一太郎を導入して割注まで再現したいと思っている。


 一番の問題は、電子テキストができたとして、著作権の問題があるので、底本を忠実に再現したものをそのまま公開するのは難しいことであろう。作業の途中で、書き下し文、現代語訳などを作って紹介するのは面白いかもしれない。

 あと春から細切れの空いた時間を使って『西宮記』研究文献目録を作成中。気長に修正を加えて、きちんとしたものができたら公開する予定。


 暑中お見舞申し上げます。本業はたぶん絶好調。

体を壊さないように気をつけて、8月後半を乗り切ります。


2026年4月26日日曜日

【読了】与謝野晶子訳『源氏物語』第35・36・37帖「若菜 下」「柏木」「横笛」

   与謝野晶子(よさのあきこ。1878-1942)氏による現代語訳『源氏物語』。3月は忙しくてさぼってしまいました。「若菜 上・下」は思いのほか長編で、越えるのにしばらく時間を要しました。4月は

  第35帖「若菜 下(わかな)」〈https://amzn.to/4nJNVyh〉
  第36帖「柏木(かしわぎ)」〈https://amzn.to/4nHYKBd〉
  第37帖「横笛(よこぶえ)」〈https://amzn.to/4tU8CJs〉

の3帖を読みました。「若菜」帖の衝撃の余韻で、「柏木」「横笛」は一気に読了。ここで因果応報を描くことは、はじめから決めていたのだろうかと、紫式部の知力、胆力に脱帽しました。現代でも、なかなかここまで創り込まれた物語は描けないのでは。

 与謝野『源氏』は、全帖「青空文庫」で読めます。青空文庫版の底本は『全訳源氏物語 中巻』(角川文庫、1971年11月、改版初版発行)の第39版(1994年6月発行)が用いられています。もともとは上田英代(うえだひでよ)氏が、古典総合研究所のHP上(http://www.genji.co.jp)に入力公開されていたものを、青空文庫形式に編集しなおしてあります。

 校正には第44版(2002年1月発行)が使用されました。
  第35帖「若菜 下」は、
   門田裕志・小林繁雄の両氏が校正を担当し、
   2004年2月6日に青空文庫ファイルを作成。
  第36帖「柏木」は、
   鈴木厚司氏が校正を担当し、
   2004年2月7日に青空文庫ファイルを作成。
  第37帖「横笛」は、
   kumi氏が校正を担当し、
   2003年10月4日に青空文庫ファイルを作成。
と、各巻末に明記されていました。

2026年3月19日木曜日

【暗唱用91-96】『古今和歌集』巻第2 春歌下⑤[付・文法解析]

91〈春の歌とてよめる
                   良岑宗貞
花の色は霞にこめてみせずともかをだにぬすめ春の山かぜ

【 春の歌として詠んだ(歌)

                    良岑宗貞(よしみねのむねさだ)

 花の色は霞のなかにとじこめて見せないとしても、
 せめて香りだけでも盗んでおくれ、春の山風よ


 ▽
 ※春 の 歌[名詞+格助詞(連体修飾)]→春の歌

 ※と て よめ る[格助詞+接続助詞+動詞(マ四)已然形
         +助動詞 り 連体形(完了)]
          →として詠んだ(歌)

 ◎良岑宗貞(よしみねのむねさだ)。のちの僧遍照(へんじょう)。
   六歌仙(紀貫之が『古今和歌集』序で論評した六歌人)の一人。


 ▼
 ※花 の 色 は[名詞+格助詞(連体修飾)
        +名詞+格助詞(提示・対比)]
         →花の色は

 ※霞 に[名詞+格助詞(場所・状態)]
   こめ て[動詞(マ下二)連用形+接続助詞(単純接続・手段)]
       →霞の中に閉じ込めて

 ※みせ ず[動詞(サ下二)未然形+助動詞 ず 終止形(打消)]
   とも[接続助詞(逆接仮定)]
       →見せないとしても

 ※か を だに[名詞+格助詞(目的語)+副助詞(最小限の希望)]
   ぬすめ[動詞(マ四)命令形]
        →せめて香りだけでも盗んでおくれ

 ※春 の 山かぜ[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞]
         →春の山風よ】



92〈寛平の御時きさいの宮の歌合のうた
                    素性法師
花の木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり

【 寛平年間、后宮での歌合のうた

                   素性法師(そせいほうし)

 花の(咲く)木でさえも
 今はもう掘り植えるまい
 春になるとうつろう(花の)色に
 人(の心)は倣うものであったよ


 ▽
 ※寛平 の 御時[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞]
         →寛平(889-898)の御代

 ※きさいの宮 の[名詞+格助詞(連体修飾)]
   歌合 のうた[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞]
          →后宮の歌合の歌

 ◎素性法師(そせいほうし)。遍昭の子。
   三十六歌仙(藤原公任が『三十六人撰』で選んだ歌人)の一人。


 ▼
 ※花 の 木 も[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞+係助詞(強意・添加)]
       →花の(咲く)木さえも

 ※今 は[名詞+係助詞(区別・提示)]
   ほり うゑ じ[動詞(ラ四)連用形+動詞(ワ下二)連用形
         +助動詞 じ 終止形(打消意志)]
          →今はもう掘って植えるまい

 ※春 たて ば[名詞+動詞(タ四)已然形
       +接続助詞(順接確定条件 ~すると・ので)]
        →春になると

 ※うつろふ 色 に[動詞(ハ四)連体形+名詞+格助詞(対象)]
         →うつろう(花の)色に

 ※人 ならひ けり[名詞+動詞(ハ四)連用形
         +助動詞 けり 終止形(詠嘆)]
          →人(の心)は倣うものであったよ。


 ★「寛平の御時きさいの宮」について。寛平年間の、宇多天皇(867-931。在位 887-897)の代表的な后妃として藤原温子(872-907)が知られるが、現在多くの注釈ではこの「きさいの宮」は温子ではなく、班子女王(はんしじょおう。833-900)をさすと考えている。班子女王は、光孝天皇の女御で、宇多天皇の生母である。宇多天皇の即位にともない(先帝光孝天皇の)皇太夫人となり(887年)、宇多天皇の譲位(醍醐天皇の即位)にともない皇太后となった(寛平9年〔897〕)。その一方、藤原温子(872-907)は、藤原基経の娘で、宇多天皇の更衣として入内後まもなく女御になった(888年)。そして宇多天皇の譲位(醍醐天皇の即位)にともない、皇太夫人となっている(寛平9年〔897〕)。

 この寛平9年(897)に班子女王が皇太后になったとき「皇太后宮職」が置かれ、同年に藤原温子が皇太夫人になったとき「中宮職」が置かれたことが知られる(『公卿補任』等)。制度史上、寛平年間における「きさいの宮」といえば、「皇太『后宮』職」の呼び名から班子女王を想起するのは自然な解釈と思われる。現状、大著・萩谷朴著『平安朝歌合大成』が手元になく、また図書館に出向いて確認する余裕もないため、この問題については時間ができしだい改めて検討したい。



93〈題しらず
                  読人しらず
春の色のいたりいたらぬ里はあらじさけるさかざる花のみゆらむ

【 題はわからない

                  詠んだ人はわからない

 春の気配が届いている(里)届かぬ里(がある訳で)はあるまい
 咲いている(花)咲かぬ花が見えるのだろう


 ※題 しら ず[名詞+動詞(ラ四)未然形+助動詞 ず 終止形(打消)]
       →題はわからない

 ※読人 しら ず[名詞+動詞(ラ四)未然形+助動詞 ず 終止形(打消)]
        →(歌を)詠んだ人はわからない

 ※春 の 色 の[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞+格助詞(主格)]
       →春の気配が

 ※いたり いたら ぬ[動詞(ラ四)連用形+動詞(ラ四)未然形
          +助動詞 ず 連体形(打消)]
           →届いている、届かない

 ※里 は あら じ[名詞+係助詞(取り立て)
         +動詞(ラ変)未然形+助動詞 じ 終止形(打消推量)]
          →里はないだろう

 ※さけ る さか ざる[動詞(カ四)已然形+助動詞 り 連体形(存続)
           +動詞(カ四)未然形+助動詞 ず 連体形(打消)]
            →咲いている、咲かない

 ※花 の みゆ らむ[名詞+格助詞(主格)+動詞(ヤ下二)終止形
          +助動詞 らむ 終止形(現在推量)]
           →花が見えるだろう】 



94〈春の歌とてよめる
                    貫之
みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ

【 春の歌として詠んだ(歌)
                 貫之(つらゆき)

 三輪山をそんなにも隠すのか、春霞よ、
 人に知られていない花が咲いているからだろうか。


 ▽
 ※春 の 歌  とて よめ る[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞+接続助詞
             +動詞(マ四)已然形+助動詞 り 連体形(完了)]
               →春の歌として詠んだ(歌)

 ▼
 ※みわ山 を[名詞+格助詞(目的語)]→ 三輪山を

 ※しか も かくす か[副詞+係助詞(強意)
           +動詞(サ四)連体形+係助詞(疑問)]
            →そんなにも隠すのか

 ※春霞[名詞]→春の霞よ

 ※人 に 知ら れ ぬ[名詞+格助詞(受身の動作主)
          +動詞(ラ四)未然形+助動詞 る 連用形(受身)
          +助動詞 ず 連体形(打消)]
           →人に知られぬ

 ※花 や さく らむ[名詞+係助詞(疑問)+動詞(カ四)終止形
          +助動詞 らむ 連体形(現在の原因推量)]
           →花が咲いているからだろうか】




95〈うりんゐむのみこのもとに、
    花見に北山のほとりにまかれりける時によめる
                        素性 
いざけふは春の山辺にまじりなむくれなばなげの花のかげかは

【 雲林院御子(常康親王)のもとに、
   花見をしに北山のほとりに参上した時に詠んだ(歌)

 さあ今日は春の山辺に交じり入ろう
 もし日が暮れてしまったならば、なさそうな
 花の陰(が本当にないことなどあるの)だろうか

 ▽
 ◎うりんゐむのみこ(雲林院御子)。雲林院に住んだ皇族。一般に常康親王(つねやすしんのう。?~869)に比定される。仁明天皇の第七皇子。若くして出家し、京都北郊の雲林院に住み、歌人たちとの交流で知られた。

 ※の もと に[格助詞(連体修飾)+名詞+格助詞(場所・到達点)]
        →雲林院の御子のもとに

 ※花見 に[名詞+格助詞(目的)]
   北山 の[名詞+格助詞(連体修飾)]
    ほとり に[名詞+格助詞(場所・到達点)]
          →花見に北山のほとりに

 ※まかれ り ける[動詞(ラ四)已然形+助動詞 り 連用形(完了・存続)
          +助動詞 けり 連体形(過去)]
          →参上した

 ※時によめる[名詞+格助詞(時)+動詞(マ四)已然形
        +助動詞 り 連体形(完了)]
         →時に詠んだ(歌)

 ▼
 ※いざ けふ は[感動詞(誘いかけ)+名詞+係助詞(取り立て)]
         →さあ今日は

 ※春 の 山辺 に[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞+格助詞(場所・対象)] 
         →春の山辺に

 ※まじり な む[動詞(ラ四)連用形+助動詞 ぬ 未然形(完了・強意) 
         +助動詞 む 終止形(意志)]
          →交じり入ろう

 ※くれ な ば[動詞(ラ下二)連用形+助動詞 ぬ 未然形(完了)
        +接続助詞(仮定条件)]
         →もし暮れてしまったならば

 ※なげ の[形容動詞「なげなり」の語幹+格助詞(連体修飾)]
       →なさそうな

 ※花 の かげ か は[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞
          +係助詞+係助詞(反語)]
            →花の陰(が本当にないことなどあるの)だろうか】



96〈春の歌とてよめる
いつまでか野べに心のあくがれむ花しちらずば千世もへぬべし

【 春の歌として詠んだ(歌)

 いつまで野辺に心がさまよい出るのだろうか
 花が散らないならば、千年でも経ってしまうことだろう


 ▽
 ※春 の 歌[名詞+格助詞(連体修飾)+名詞]
   と て[格助詞(引用)+接続助詞]
    よめ る[動詞(マ四)已然形+助動詞 り 連体形(完了)]
         →春の歌として詠んだ(歌)

 ▼
 ※いつまで か[副詞+係助詞(係結び⇒あくがれむ)]
         →いつまで~だろうか

 ※野べ に[名詞+格助詞(場所)]
       →野辺に

 ※心 の[名詞+格助詞(主格)]
   あくがれ む[動詞(ラ下二)未然形+助動詞 む 連体形(推量)]
          →心がさまよい出るのだろうか

 ※花 し ちら ず ば[名詞+副助詞(軽い強意・取り立て)+動詞(ラ四)未然形
          +助動詞 ず 未然形(打消)+接続助詞(仮定条件)]
           →もし花が散らないならば

 ※千世 も へ ぬ べし[名詞+係助詞(強調)+動詞(ハ下二)未然形
           +助動詞 ぬ 終止形(強意)+助動詞 べし 終止形(推量)]
            →千年でも経ってしまうことだろう】



※個人的な暗唱用に。本文のテキストは、西本経一(にしした きょういち)校註『日本古典全書 古今和歌集』(毎日新聞社、1948年9月)による。解釈は今はおもに、久曽神昇(きゅうそじん ひたく)全訳注『古今和歌集(一)』(講談社学術文庫、1979年9月)と、小沢正夫(おざわ まさお)・松田茂穂(まつだ しげほ)校注・訳『完訳 日本の古典9 古今和歌集』(小学館、1983年4月)を参照している。
 
※ひたすら暗唱は飽きて来ました。どうせ読むのなら、やはり正確に意味がわかったほうが楽しい。とはいえ、1000年に及ぶ解釈の流れを踏まえる時間的な余裕はないので、まっさらな気持ちで、古典文法の定石通りに読んだらどう解釈できるのか、記していくことにしました。テキストと文法のみでどこまで読めるのか興味がわきました。
 手元にある高校生向けの古典文法の教科書は、①浜本純逸(監修)・黒川行信(編著)『九訂版 読解をたいせつにする体系 古典文法』(数研出版、2020年11月。初版は1990年2月)と、②井島正博(編著)・伊藤博美・中島ひとみ(著)『詳説 古典文法』(筑摩書房、2012年12月)の2冊。また、学習者向けの古語辞典は、③中村幸弘(編)『ベネッセ 全訳 コンパクト古語辞典』(1999年11月)と、④林巨樹・安藤千鶴子(編)『新 全訳 古語辞典』(大修館書店、2017年1月)の2冊。文法解析の内容は、ChatGPT と Copilot の AI でチェックしました。AIによる文法分析は大変便利なものですが、同じAIでも聞き方や、聞く日時によって微妙に違ってくるので、注意が必要。最終的な文責は栗木が負う。とりあえず先に進めることを重視し、慣れてきたら前に戻って推敲するつもりです。