鈴木鎮一『愛に生きる ― 才能は生まれつきではない』
(講談社現代新書、1966年8月)
※印は栗木によるコメントです。
◆3章 非凡への道
「非才を嘆くは愚」76
※非才を何とも思わず、
あっさり諦めてしまうよりは、
まずは大いに嘆いたほうがよい。
『なんというみじめなことだ。
才能もないのに、毎日努力をしている。
さきの見えているこんな努力が、
いったいなんの価値があるのか。
自分には、内部からわき出る才能がないのだ。
この辺で投げ出してしまうのが、
おのれを知ることではないか。』77
※時にはそう思うこともある。
みな自分なりの壁につき当たって、
もがき苦しんで、
どのようにして、
その壁を乗りこえていくのかに、
その人の真価が問われているのだと思います。
苦しみに対して、
直視しないで、
かわして、かわして、
生きていく生き方もあります。
時にはやはり、
そうしなければ
とても生きていられないほどに
苦しいこともあるわけで、
正解がどこにあるのかは、
一概に言えないはずですが、
私はどちらかと言えば、
壁を乗りこえようと努力する、
その過程を大切にする生き方を
選んで生きていると思います。
『才能はあるものではない。
才能はつくるものだ。』77
※学力もそう。
学力がはじめからそこにある人などいない。
学力は作るものです。
「たとえ自分に才能がなくても、
一個の人間として、
自分の内面的な生活を築くために、
その歩みはおそかろうと、
一歩一歩自分を育てていかなければならない。
その努力を捨てることはできない。」78
※結果も大切だが、
努力の過程はもっと大事だと、
思えるようになると、
自分なりの努力が
わりと長続きするようになると
思います。
結果はとても大切ですが、
一番大切なのは
結果に至るまでの過程を
自分がどのように努力したのかです。
結果には、運もあります。
でも、努力するかしないかは、
私自身の問題です。
そう考えられるようになってから、
時々の不運に、
あまり嘆かなくなりました。
評価の座標は、
あくまで私自身の心にあるからです。
「わたしは急がなかった。
しかし、わたしは休まなかった。
休みなく努力を続けた。
そしてそれが、
貼り合いと静かな心とを与えてくれました。」78
※努力をし続ける日々は、
それだけで結構楽しいものです。
少しずつでいいから、
絶え間なく、
時には休んでも、
いいでしょう。
ああ、これじゃだめだな、
と思い直して、また、努力をはじめる。
そんな生活は、楽しいものです。
「科学は、
わからないことはわからないとするものでした。
それならば、
科学を口にするほどのひとは、
わかりもしない”生まれつき”などという、
人間の才能に関する考え方はやめなければならないはずです。」79
※「生まれつき」勉強が出来ないんだ、
と諦めてしまっては、何も始まらない。
その人なりの努力を続けて、
その人なりの結果をひとつずつ積み上げたい。
でも、
自分で諦めている人の心に火を灯すことは、
とてもむつかしいことです。
こちらも諦めない、
何が何でも諦めない、
君なら出来るんだ、というメッセージを
くり返しくり返しくり返し
伝え続ける。
それしかないのかなあ、
と思っています。
「子どもの短所を“生まれつき”として放置せず、
これを訓練して逆に長所とすることも、
十年計画ならばできる。
十年、そのことをめざして怠らないならば、
だれでもその能力を開発できる。
わたしはそう信じます。
いや、一年でも、
それをめざしてやり続けることができるならば、
短所は変じて長所となるでしょう。
十年続ければ非凡のひととなる。
そこには、自分の生命に対して、
その大きな活動力を発揮させる訓練が行なわれるからです。」85
※先を見つめて、努力を続けよう。
今の私は、短所はほどほどに修正し、
長所は際限なく伸ばしていけたらいいな。
と思っています。
しかも十年計画で、となると、
十年にわたって、
親から自分の短所を指摘され続けることは、
精神衛生上あまりよろしいことではないでしょう。
私は、
生徒の短所が目につく時は、
まず長所が見つかるまで待って、
それからその長所をほめる余裕が出てきてから、
どうしても必要であれば、
短所にもう一度目を向けるようにしています。
長所と短所とはコインの裏表で
つながっていることも多いので、
長所を伸ばしているうちに、
いつの間にか短所が目立たなくなっていることも
多いです。
「短所は限りなくあります。
わたしたちの一生は、死ぬまで、
自分の短所を長所に転じる努力の期間ともいえましょう。
しかしこれはおもしろい仕事です。」86
※短所に悲観することなかれ。
自分の短所を他人につつかれて、
うれしく思う人はいないでしょう。
でもその短所とじっくり向き合って、
変えていくことは、実際問題として難しいでしょう。
変えられないから短所なんだ、と。
わたしは短所と長所はつながっているんだ、
と考えて、
長所をひたすら伸ばしていくことに、
心を砕いています。
長所がますますのびて、
自分に自信がついて来ると、
短所はいつの間にか、
とても小さなものになっているものです。
長所をのばすのは、
楽しいことなので、
長続きするのも良いところです。
人間、いやなことの努力は続きにくいものです。
「くり返し、くり返せ」86
※勉強の基本。
いや、人生の基本かもしれません。
「自分の能力を育てるのはだれか。
生まれつきで能力は育っていくのではない。
それは自分だ。
みんな、自分が自分を育てるのだ。
自分の能力をつくろうとしないで、
能力がないと嘆くのをやめよ。」88
※自分でがんばる。
自分の能力を悲観しない。
そんな暇があったら、
日々の努力を怠らず、
自分なりの能力を一歩一歩高めていけばよい。
たとえ自分なりでも、
自分の能力が少しずつ身についていると
実感できれば、
だんだんと他人のことは気にならなくなるものです。
「いかなる能力も、
生まれつきで発揮されることはない。
自分で育てる努力をするとき、
能力はつくられていく。
つくるものは自分自身だ。」89
※生まれつきではない。
どんなに素質のある子でも、
生まれた後の、
気が遠くなるような努力の積み重ねがあってはじめて、
その素質が発揮されるのである。
自分で、自分の能力を育てていくのだ。
「身につく―
それは、身につくまで努力し、
くり返していくことによって達成できる―。」89
※くり返し、くり返し。
身につくまで諦めないこと。
その努力ができる子に育てること。
学校に上がるまでと、
小学校まで、が一番の勝負どころだと思います。
生きる姿勢として基本だと思います。
「やり抜こう―
そう決心するひとはたくさんいます。
だれでも決心することはできる。
しかし、ほんとうにやり抜くひとは実に少ない。
決心はしたがやらない。
やっても、まもなくやめてしまう。
それこそ、多くの人が経験して、
よく知っていることです。
どんなことでも、
成功する道、ことの成否は、結局、
やり抜くかどうかだけにかかっているともいえるでしょう。」92
※やらなければ、できません。
決めたとおりに進んでいかないのは
ふつうにあることなので、
決心は、必ずしも必要ないのかもしれません。
間違っているかどうかは、
とりあえず少し始めてみてからわかることなので、
あまりたいそうな決心をしてしまうと、
引込みがつかなくなることもあるでしょう。
とりあえず少しだけ始めてみて、
これはできる、と思ったら、
やり抜く決心して、
結果が出るまでしつこく
くり返していく覚悟が必要になるのでしょう。
「急ぐべからず、休むべからず」94
※急ぐと何ごともうまくいきません。
休むとせっかく努力して身につけた能力が、
流れさってしまいます。
急がず休まずは、
能力を身につけるときの基本だと思います。
「決心し行動することは希望をもって生きることです。
高く大きな山を望むことです。
困難はありましょう。
しかし失望はありません。
だれも、一足飛びにすぐ頂上には達せられない。
そして、登るからには一歩一歩近よらなければなりません。
急ぐべからず、これが原則です。
急いで倒れてしまってはなんにもなりません。
休むべからず。これも原則です。
だれがなんといおうとも、
休まず急がず黙々と歩を運んでいれば、
必ず行き着いてしまいます。」94
※自分の能力を少しずつ高めつつ生きることは、
大人になっても楽しいものです。
子どものうちに、
それなりの小高い山のいただきを目指して、
急がず、休まず一歩一歩近づいていく生き方を、
身につけられるといいな。
学校での勉強が終わってから役に立つのは、
むしろそういった生き方の智恵だと思います。
自ら学ぶ楽しさを伝えられたらいいな。
2011年7月26日火曜日
2011年7月23日土曜日
マザー・テレサ『日々のことば』10月より
ジャヤ・チャリハ&エドワード・レ・ジョリー編、いなます みかこ訳
『マザー・テレサ 日々のことば』
(女子パウロ会、2009年11月。初出は2000年6月)より。
※印は栗木によるコメントです。
◆10月3日
「今日、
世界のあらゆる苦しみは、
家庭から始まるということが、
ますますよくわかります。
今日、わたしたちは、家庭がお互いに顔を合わせたり、
話し合ったり、楽しむ時間すらないありさまです。
ましてや子どもたちが、期待していること、
夫が妻から、妻が夫から期待していることを与えるためには、
ほとんど時間がないのです。
ですから、ますます家庭から離れていき、
ますますお互い同士のふれあいが少なくなっていくのです。」316
※家庭が第一。
家庭あっての仕事。
そう考えたい。
ふつうは仕事をしていなければ
食べていくことができないわけで、
仕事第一に考えてしまいがちですが、
支え合う家族がいての仕事なので、
家庭が第一であることは
忘れないように肝に命じておきたいです。
人はひとりでは生きていけないわけですから、
一番守るべき存在が家庭であることは、
絶対的に肯定したいと思います。
◆10月4日
「富やお金は、わたしたちを豊かにはしません。
わたしたちを豊かにするのは、
わたしたちのそれらに対する態度なのです。
神はわたしたちに、分かち合うために、
物を与えてくださいます。
取って置くために、与えてくださるのではありません。
わたしたちが、分かち合うことを身につければつけるほど、
互いにもっとわかり合うようになり、
愛し合うようになります。
そして、もし、わたしたちが互いに愛し合うようになれば、
わたしたちが持っている喜びをこそ、
分かち合うことができるようになるでしょう。」317
※お金を得る喜び、
物を得る喜び、だけで終わることなく、
私がこれまで得てきた何がしかのことを
誰かにおすそ分けすることで、
少しでも人さまのお役に立てたら、いいなと思います。
起業の第一歩も、
誰かのために、何の役に立つのか、
考えるところから始めたい。
お金もうけが先に来ると、
大切なものをいろいろ見落とすことになりがちです。
お金を得ることは、
それ自体決して悪ではありません。
お金を得ることで、
衣食住、必要なものを買い、
日常の生活を成り立たせることができるわけですから、
正しい使い方さえできるなら、
お金を嫌い、遠ざける必要はまったくないのです。
◆10月7日
「喜びは祈り、喜びは力、喜びは愛、
神は、喜んで与える人を愛されます。
わたしたちが、
神と人々に感謝の心を表すいちばんよい方法は、
どんなことでも喜んで受け入れることです。」320
※日々朗らかでいることは、
自分の気の持ちようで、できることです。
なれるまでは簡単でないことかもしれませんが、
なれてしまえば、そんなに難しいことではありません。
日々ほんわかと明るい気分で生きられたら、
とりあえず毎日がほどほどに幸せです。
それでまあ十分かな、と思って生きています。
お金を得ることそれ自体より、
自分の気持がどうなのかが大切です。
◆10月8日
「わたしたちの贈り物に、
どれだけ愛を注いでいるでしょうか?
たとえ、どんなにお金持ちであっても、
愛を与え、愛を受け入れることのできない人は、
貧しい人の中でも、もっとも貧しい人です。」321
※人さまと、福を分け合う心。
まずは家族に愛を注ぐことから。
それは当然のことですが、
長い年月過ごしていると、
家庭から愛情という側面が消え失せているのに、
気がつかないことがあります。
まずは自分の家庭から。
そして自分の心に余裕がある範囲で、
外へ外へと愛の対象を広げていけたらいい。
あくまで自然に。
無理をして、義務にかられて、
というのはかえって良くないと思います。
◆10月17日
「沈黙は、神と、そしてお互いとを結びつける根っこです。
沈黙の中でこそ、わたしたちは、
すべてのことを喜んで行うのを可能にする
神ご自身のエネルギーで満たされるのです。
沈黙の祈りの中で、
そのエネルギーを受ければ受けるほど、
活動的な生活の中で、
もっと人々に与えることができるのです。」330
※沈黙の効用。
癒しの効果。
私はどちらかといえば、
しゃべらない人間ですが、
ここでいう沈黙とは、無口で、
という意味ではないでしょう。
しゃべらなくても、
頭の中でぐるぐる言葉がうごめいて、
思索にふけっているのでは
沈黙の効用はありません。
頭の中で言葉がめぐるのを一切止めて、
ひたすら何も考えないで
祈りを捧げているような状態、
が沈黙です。
瞑想の効用は、
やってみるとわかります。
わりと神経が疲れる仕事をされている場合は、
取り入れられると強いです。
◆10月18日
「親切で間違いを犯すほうが、
不親切で奇跡を行うより、ずっとよいことです。
自分自身に優しく、
バランスを保って、
自分自身をコントロールすることは、
とても重要なことです。
もしも、わたしたちがお互いに、
穏やかで調和のとれた生活をしていたいなら、
言葉に気をつけなくてはなりません。
特に、貧しい人たちと接するときは、
彼らと話すことについて、
十分気をつけていなければなりません。」331
※まず親切に。
それには相手の立場にたって、
言葉に気をつける。
実践するのは難しいことですが、
日々の目標として取り入れられるようにしたいです。
そして、間違うことを極端に恐れない。
前向きに努力していれば、
どうしても間違いがおきます。
それを日々反省して、
明日に向かっていける
元気な日常を送りたい。
◆10月31日
「謙虚さはすべての徳、純潔さ、慈愛、忠実の母です。
謙虚のうちに、
愛は本物で、献身的で、熱烈なものになるのです。
もし、あなたが謙虚ならば、
ほめ言葉も不評も、あなたを害するものはありません。
あなたは自分が何者なのかを知っているからです。
もし、あなたが避難されても、失望することはありません。
もし、あなたが聖人と呼ばれたとしても、
いい気になることはないでしょう。」344
※謙虚に生きること。
そのように見えるかどうか。
自分はそのように生きているつもりでも、
意外にまわりの人びとには傲慢にうつっていることは、
少なくありません。
私のようなものを、
生かしていただける奇跡に感謝して、
謙虚に、謙虚に、
と日々お祈りすることを忘れずにいたいです。
謙虚に、謙虚に。
2011年7月22日金曜日
スマイルズ『向上心』第3章(下)
サミュエル・スマイルズ(Samuel Smiles)著、竹内均 訳
『向上心(CHARACTER)』
(三笠書房、知的生きかた文庫、2011年6月改訂新版)より。
第3章 自分を生かす働き方
「人が破滅に追い込まれるのはあやまちを犯したからではなく、
それを犯した後でその人がどういう態度をとるかによるのだ。」109
※前向きに、勝負しながら生きていれば、
何度かの失敗は避けがたいものでしょう。
大切なのは、失敗した後、自暴自棄にならず、
踏み止まって、ほんの少し休んだら、
また前を向いて、歩き出せるかどうか。
「幸福をつかむためには、
行動ばかりでなく言葉をコントロールすることも必要である。
げんこつでなぐるよりも人を傷つける言葉があるものだ。
人は剣を使わなくても、
とげとげしい言葉で相手の胸を刺すことがある。」115
※言葉は帰って来ない。
すべてを失う覚悟のない言葉は、
とりあえず心の中にしまっておいたほうが良い。
「人格は、
言葉をどのようにつつしむかにもあらわれる。
分別をわきまえ、
抑えることを知っている人は、
他人の感情を犠牲にしてまで
侮辱的で情け容赦のない言葉を口にしようとしない。」115
※相手がどうとらえるかは、すべて相手の自由。
真実が感情に優先することはない。
悪意をもってとらえようとしている人には、
なにを言っても意味がない。
『賢者の口は心にあり。愚者の心は口にある。』
(ソロモン)116
「才気に富んではいるが、
相手にとって苛酷に思われる文章を書きたい時は、
我慢しにくいところだろうが、
ひとまずペンをおくほうが無難である。」116
「豊かな経験を積んだ人が、
『あの時話すのではなかった』と後悔しているのをよく聞く。
しかし、沈黙したのは失敗だったと
悔やんでいるのは耳にしたことがない。」117
※沈黙の効用。
もう少し若いころ、知りたかった。
『気難しい口調で真実を述べるくらいならば、
沈黙を守っているほうがましだ。
おいしい料理にまずいソースをかけるようなものだから』
(フランスのカトリック司教フランソワ・ド・サール)118
「われわれは
あわてて他人を軽蔑したりしないように用心しなければならない。
善良な人は得てしてことを急ぐ傾向にある。
熱心さを表わすこの気性が、
そのまま狭量さにつながることもよくあるのだ。」120
※待つこと。
『私がこれまで見てきた罪悪は、
どれもみな一歩まちがえば
自分も犯していたかもしれないものばかりだった』
(ゲーテ)121
※わたしも同じです。
「人と仲よくし、
信頼されたいと思うなら、
相手の人柄に好意を払わなければならない。
人の顔や姿がみなちがうように、
考え方も性格も十人十色で、
それぞれに特徴がある。
自分がそうしてほしければ、
こちらもそのちがいを上手に受け入れなければならない。」122
※まず相手。相手のことを受け入れるのが先。
『自分の口から出た敵意が、
自分の胸の中にころがり込んで来ることがよくある』
(ジョージ・ハーバード)122
※悪口は言わない。
どんなときも言わない。
言いたくなるような組織には所属しない。
組織を去ってでも、心の平穏を大切にする。
『いずれにしても、真意はいつか必ず姿を現わす。
そして、自分に対立する相手のほうがまちがっている場合には、
言葉で打ち負かすよりも寛大な気持ちでこたえてやったほうが、
相手はそのあやまちをすばやく認めるものである。
つまり私が言いたいのは、
理に合わない偏見の結果には目をつぶり、
好意や親切には敏感であるほうがいいということである。』
(学者ファラデー)123
※目先の負けにこだわらない。
「心の正しい人は、
自分のいつわりの姿を見るのをためらったりしない。
金もないのに金持ちぶって見せたり、
自分の置かれた環境にそぐわない生活をしてみたいと思ったりはしない。
不正に他人の金に頼ろうなどとはせず、
自分の収入の範囲でまじめに暮らしていこうという
勇気を持っている。」125
※分相応に。背伸びしない。いつわらない。
『自分が持っていないものを欲しがり、
いつも自分の立場を考えずに
他の地位を得たいといらいらしている気持ちが、
すべての不道徳の根源である。』
(政治家シャフツベリー)125
2011年7月20日水曜日
【読了】中川八洋『小林よしのり『新天皇論』の禍毒』
中川八洋
『小林よしのり『新天皇論』の禍毒-“悪魔の女系論”は、どうつくられたか-』
(オークラ出版、2011年7月)
中川八洋さんの本は、
知的刺激にあふれていて、
いつも楽しみにしております。
今回も、非常に勉強になりました。
悪書はできるだけ読まないようにしているので、
小林よしのりさんの『新天皇論』は本屋でパラパラめくっただけです。
ただそれなりに売れているようですので、
悪書の悪影響を心配し、一冊上梓されたのはありがたいです。
小林よしのりさんへの批判は、
私にとっては今さらだったのですが、
皇国史観への鋭い分析は、初めて目にするものであり、
この一点だけでも、本書を読む価値がありました。
さらに、
「男女共同参画社会基本法」の主旨に、
皇室制度の廃止が含まれていることに注意を喚起してあるところも勉強になりました。
同法への本格的な批判は、
林道義さん以来あまり目にしていないので、どんどんやっていただきたいです。
中川八洋さんは、大学で勉強していたころに、
ちょうど『正統の哲学 異端の思想』が出版され、
大きな衝撃を受けたこともあって、
それ以降の著作はほとんど読んで来ました。
ただここ1,2年は仕事が忙しく、
買って「積ん読」状態になっていたものもあります。
ただここ1,2年は仕事が忙しく、
買って「積ん読」状態になっていたものもあります。
よい機会なので、一冊ずつ、中川さんの本を読みなおそうと思っています。
【読了】塩野七生『ローマ人の物語 5 ハンニバル戦記 下』
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