2012年10月16日火曜日

【読了】江戸川乱歩 『少年探偵 怪人二十面相』

江戸川乱歩(1894 - 1965)が
41歳のとき(1936)に発表された
少年向けの探偵小説『怪人二十面相』を読みました。


江戸川乱歩 著
『少年探偵 怪人二十面相』
(ポプラ文庫、平成20年11月)
 ※巻末に「この作品は、昭和三十九年にポプラ社より刊行されました」とある。
  もともとの初出は『少年倶楽部』昭和11年1月から12月。


ポプラ社の「少年探偵」シリーズの表紙は、
小中学生のころ、学校の図書室でみた記憶が残っています。

しかし表紙のおどろおどろしい雰囲気が嫌で、
実際に読んでみることはありませんでした。


江戸川乱歩については、
高校のときにこれまた学校の図書室で、

渡部昇一氏の『発想法』(講談社現代新書)を読んでいたときに、
江戸川乱歩の興味深い話が出て来て、
強く印象に残ったのを覚えています。

しかしこのときも、
独特なオカルトのほの暗い雰囲気が苦手で、
読んでみようとは思いませんでした。


結局今まで、
乱歩を読む機会はなく、このまま
縁はないのかなとも思っていたのですが、

最近になって復刊されたようで、
懐かしい表紙はそのままに、
本屋の棚に見かけるようになったのに惹かれ、
1冊手にとってみたのですが、

「です・ます」調の美しく丁寧な日本語で、
大変わかりやすく書かれていることに感心し、

こんな文章が書けたらな、と思って読んでいるうちに、
どんどん惹き込まれ、楽しんで読み終えることができました。


トリック自体は、
今読むと若干稚拙かな、
と感じさせるところもありますが、

昭和11年に書かれたことを思えば、
驚くほど若々しい感性で、

今でも十分に読者を魅了する力のある
娯楽小説に仕上がっていると思いました。


今から86年前の子ども向けの作品が、

思いのほか美しく上品で、
なおかつわかりやすい日本語で書かれていたことを知り得たのは、
一番の収穫でした。


一気にシリーズ全部を読み通す必要もないので、
時折暇をみて、読み進めていこうと思います。


※wikipedia「江戸川乱歩」の項目を参照。

2012年10月10日水曜日

【再読】中川八洋 『正統の哲学 異端の思想』 第Ⅰ部(第一・二・三章)

中川八洋氏の著書から1冊選ぶとしたら、
氏が51歳(平成8年)のときに執筆された
『正統の哲学 異端の思想』を挙げます。

20代の半ば、
大学院に進んで間もなく本書に出会い、
大きな知的刺激を受けました。

本書で中川氏が紹介された
良書リストを自分でもたどり直し、
熟読吟味する日々は実に楽しいものでした。

少々勉強する時間ができた機会に、
『正統の哲学 異端の思想』以降の著作群を、
再読していこうと思っております。

(2012-2/20付のブログを修正し、再掲。
 途中で挫折したので、再挑戦。旧稿は削除しました)



中川八洋 著
『正統の哲学 異端の思想 ―「人権」「平等」「民主」の禍毒―』
(徳間書店、平成8年11月)

執筆の意図(「はしがき」を適宜要約)。

 平成3年(1991)12月に
 ソ連邦が崩壊したことによって、
 共産主義・全体主義思想の非なることが
 明らかになったにも関わらず、

 自由社会に深く入り込んだ
 全体主義思想の駆除作業を行なうことも、

 自由社会の維持と発展に不可欠な、
 哲学的支柱を再構築することもなかった、

そんな日本の状況を憂い、

 表現スタイルを変えるだけで、
 悪性ウイルスのように何度でも蘇生する、
 全体主義の教義(異端の思想)に対抗すべく、

 自由社会の基軸となる
 「正統の哲学」を再構築する必要がある、

と考え、
4年の歳月をかけて執筆されたのが、
本書です。

   ***

それから20年が過ぎて、
共産主義・全体主義的な思想は、結局、
駆除されぬまま生き残り、表現スタイルのみ変え、
「保守」に偽装し、蔓延するようになって来ました。

相応の知力がなければ、
自由社会の真の「敵」を
見つけにくくなっている現状だと思います。

自由社会に生きる我々が、より具体的に、
自由社会が立脚する哲学的な基軸について
理解しようと思えば、

いまだ本書をこえるものはありません。
本書を再読する理由です。



◎「第Ⅰ部 総論 ― 真正自由主義離脱の代償」(第一~三章)

▽「第一章 近代がうんだ「反・近代」― 全体主義の源流フランス革命」

・欧米の近代には、
 二つの潮流があります。

 その一つは、

 *「正統の哲学」に立脚する、
  英国の名誉革命(1688年)や
  米国の建国(1788年)から生まれた、
  “自由を尊重する正しい自由主義(真正自由主義)”

 の流れであり、もう一つは、

 *「異端の思想」に立脚する、
  フランス革命(1789年)から生まれた、
  “自由を否定する狂ったデモクラシー(民主主義)”

 の流れです。


・平成3年(1991)に崩壊した
 ソ連体制を生んだロシア革命(1917年)の源流は、
 「悪の起源」たるフランス革命(1789年)にまでさかのぼることができます。


・フランス革命の宗教的教義として、
 「理性教」と呼ばれる理性への盲信がありました。

 理性教の生みの親はデカルト、
 理性教の大成者はルソー、
 その教義を受け継いだのがマルクスです。

以上、大まかに過ぎる要約でした


西欧の思想に、

「正統の哲学」たる真正自由主義
「異端の思想」たる民主主義(全体主義)

二つの大きな流れがある、とは、
本書で初めて教えられた考え方でした。

いったん腑に落ちてくると、
たいへん役に立つのですが、

それまで
自分なりに積み重ねてきた物の見方を、
いったん突き崩さねばならない
心理的な抵抗感もあったからか、

自分の中で、
本当に消化されて来るまでには、
十年位かかったように思います。



▽「第二章 「進歩」という狂信」

本章では、
ロシア革命(1917年)の思想的要因たる
「社会主義(共産主義)思想」への批判として、

主にベルジャーエフ、
それからハイエク、ラッセルによりつつ、
進歩を盲信する宗教たる「社会主義(共産主義)思想」
についての分析を行なっています。

その上で、
マルクス・レーニン主義へと至る、
社会主義(共産主義)思想の系譜を、

 「マルクス・レーニン主義の根/幹/枝/花」(図-1、45頁)
 「全体主義思想(狂信の哲学)の系譜」(図-2、47頁)

の2つの図にまとめてあります。

以上、これまた大まかに過ぎる要約でした


本章で役に立つのは、
デカルト、ルソーから
マルクス・レーニン主義へと至る
全体主義(共産主義・社会主義)思想の
系譜について概観してあるところです。

こうした整理は、
初学者にとって一番有用であるにもかかわらず、
研究者の本当の力量が問われることから、
西洋思想史の概説を読んでいても、
どこにも触れられていないことが多いです。

必ずしも中川案を
そのまま受け入れる必要はないと思いますが、
大体の流れとしては、
今のところこれで誤りないと考えています。


本章で肯定的に取り上げられている
ベルジャーエフは、以前は深遠すぎて、
私には良くわからなかった記憶があります。
そろそろまた読んでみようかなと思っております。

もう一点、ラッセルの著作について、
1950年代以降に「親ソ」一辺倒に染まるまでは
見るべき成果もあって、
 『ロシア共産主義』(1920)
 『西洋哲学史』(1945)
の2書を挙げてあるのは参考になりました。
こちらは未読なので、読んでみようと思います。



▽「第三章 真正自由主義(伝統主義、保守主義)」

はじめに、近代政治思想の潮流を概観してあります。

・西洋近代の政治思想には

  一、真正自由主義
    (英米では「保守主義」という。「小さな政府」派)
  二、左翼的自由主義
    (米国では「リベラリズム」という。「大きな政府」派)
  三、全体主義
    (社会主義・共産主義に代表される)

 の三つの潮流があり、
 全体主義と真正自由主義とは、水と油の対立関係にあります。

・全体主義は、しばしば
 デモクラシー(民衆参加型の政治制度)から生み出されます。

・日本の「保守」は、
 そのほとんどが左翼的自由主義者であり、
 真正自由主義者はほぼ壊滅しています。


続いて、真正自由主義の開祖について解説しています。
取り上げられているのは、

・フランス革命に対する激越な批判を行い、
 自由社会の生き残る正統な道筋を明示した、
 真正自由主義(保守主義)の開祖たる
  エドマンド・バーク

・20世紀が生んだ
 真正自由主義の偉大な政治家たる
  ウインストン・チャーチル(英国首相)、
  マーガレット・サッチャー(英国首相)、
  ロナルド・レーガン(米国首相)、

・真正自由主義の大思想家たる
  フリードリヒ・フォン・ハイエク

の5名です。


最後に、

良書を見分ける際に
排除すべき三つのポイントとして、

(a) 人間の理性への過剰な信頼、
  「理性主義」「合理主義」への信仰。

(b) 人間が完全なものへと進歩すること、
  完全な人間社会が未来に出現することを確信する、
  「未来主義」「進歩主義」への信仰。
  過去への侮蔑・憎悪。

(c) 人間の平等と民衆への過剰な期待、
  「平等主義」への信仰。
  人民崇拝教。

を挙げ(71頁)、

健全で有益な思想家「正統の哲学者」27名と、
危険で有害な思想家「狂信の思想家」27名を、

 「『正統の哲学』者と『狂信の哲学』者」(表-2、73頁)

としてそれぞれの主著とともに整理、紹介しています。

以上、要約でした。


仕事を持つと
読書の時間は限られて来ますので、

悪書を遠ざけ、良書を読むのに
できる限り時間を割きたいものです。

ここで大まかにせよ、
一つの道しるべを整えて下さったことは大変有益であり、
実際とても役に立って来たことを告白しておきます。

良書については、巻末の
「文献リスト ― 『悪書』の過剰と『良書』の欠乏」
でもう一度詳しく取り上げています(350 - 358頁)。


本書によって初めて、
バークの存在とその重要性について知りました。

ただし『フランス革命の省察』は
時代背景などが良くわかっていないと
なかなか手強い書物で、

まだもう少し自分の勉強が深まるまで取ってあります。


どちらかと言えば、
ハイエクを読むことに集中したいと思っていたのですが、
いざ読んでみるとハイエクもまた難解で、

今はハイエクを理解する前提として、
アダム・スミスとミルトン・フリードマンに取り組んでいます。

スミスはこなれた翻訳があり、
フリードマンは議論がわかりやすいです。

2012年10月8日月曜日

【読了】小川榮太郎 『約束の日 ― 安倍晋三試論』


小川榮太郎 著
『約束の日 ― 安倍晋三試論』(幻冬舎、平成24年9月)

総裁選前に書き終える予定だったのですが、
先に、自民党総裁への復帰が決まりました。

今から5年前、
短命に終わった安倍政権の1年を、
安倍元総理を擁護する立場から、
勢いのある筆致で振り返る、
時宜をえた評論の試みです。

章立ては、

 Ⅰ 安倍晋三内閣発足
 Ⅱ 組閣
 Ⅲ 教育基本法改正
 Ⅳ スキャンダル暴き
 Ⅴ 正面突破の「戦う政治」
 Ⅵ 大臣の死
 Ⅶ 年金記録問題「炎上」
 Ⅷ 孤独な続投宣言
 Ⅸ 健康問題と靖国
 Ⅹ 辞任

となっております。


辞め方が
あまりに不甲斐ないものであったため、
しばらく正当な評価は難しかったと思いますが、

近年の、政治の不甲斐なさとともに、
与党(民主党)の失政をロクに批判しない
マスコミの偏向ぶりをみていると、

安倍元総理が、5年前に、
マスコミの不当に過ぎる激しいバッシングの中で、

どれだけのことを成し遂げていたのか、
改めて考えなおしたいと思っておりました。

本書は良いきっかけとなりました。


   ***

小川氏の判断の基準は、
どちらかの党派に立つというよりも、
人としての「常識」に基づくもので、
早坂茂三氏の田中角栄論に相通じるものを感じました。

小川氏は、安倍元総理の秘書でなく、
長年寄り添って来られたわけでもないので、
まだまだ見方が浅いかな、と思わせられる所もありますが、

嘘によって相手を貶め、傷をつけ、
引きずり下ろさんとする悪意に満ちた
安倍評とは一線を画しており、

特に内政面、教育基本法改正への正当な評価や、
マスコミによる不当に過ぎるバッシングを
わかりやすく整理されている点は、
たいへん参考になりました。



問題があるとすれば、
小川氏が論じられなかった点でしょうか。

内政面への記述の充実ぶりに比べて、
外交面については、
それほど評価すべき成果がなく、
むしろ明らかな失政が目立っていたからか、
記述が弱いように思われました。


安倍元総理を擁護する著述の意図からして
仕方のないことかもしれませんが、

安倍政権の失政についても、
より的確に論じられていたらなお良かったと思います。


一点取り上げておくと、

小川氏は、安倍政権のスローガン
 「戦後レジーム(体制)からの脱却」
を高く評価されていますが、

私はこのスローガンは、
意味不明瞭で誤解を招きやすく、
失政の最たるものであったと考えています。



以下その理由


安倍元総理は、
かつて政権のスローガンとして
 「戦後レジーム(体制)からの脱却」
を唱えられました。

しかしこのスローガンは、わかりにくい上に、
非常に誤解を招きやすいものであったと思われます。


なぜなら、
 日本の「戦後」=「自由主義体制」
 「戦前・戦中」=「全体主義体制」
という一般的な図式からいえば、

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」

とは、ごくふつうに、

 「戦後体制(=自由主義体制)からの脱却」を意味し、
 「戦前・戦中体制(=全体主義体制)への回帰」を意図する、

極右の扇動的なスローガンだと解釈できるからです。


   ***

戦後の日本が、
総じて「自由主義体制」のもとで、
飛躍的な発展を遂げてきたことは、

一部で、
全体主義的な政策が実施されてきたにしても、
大勢として間違いないでしょう。


同様に、
戦前・戦中の日本が、
総じて「全体主義体制」への強いあこがれのもと、
国家破滅への道を突き進んでいたことは、

ギリギリまで、
自由主義的な体制が生き残っていたにしても、
大勢として誤りないと思います。


つまりごく一般的な、
 日本の「戦後」=「自由主義体制」
 「戦前・戦中」=「全体主義体制」
という見方からすれば、

安倍政権のスローガン
「戦後レジーム(体制)からの脱却」とは、

戦後体制(=自由主義体制)から離脱し、
戦前・戦中体制(=全体主義体制)に回帰することを志す、

極右のスローガンだと見なすのが、
ごく穏当な解釈ということになってしまうのです。



これが明らかな誤解ならまだ良いのですが、
必ずしもそうとも言い切れないのは、

安倍元総理が、総理就任後間もなく、

 自由主義国家・米国から一定の距離を置き、
 全体主義国家・中国におもねる態度を取ることで、

心ある日本国民の大きな失望をまねいた事実を思い出すからです。


前任の小泉元首相が、

 全体主義国家・中国から一定の距離を置き、
 自由主義国家・米国との友好を大いに深めたのと、

真逆の外交を行ったのは、
他ならぬ安倍元総理であったことを忘れてはならないでしょう。


こうした不審な振る舞いも、
戦後体制(=自由主義体制)から脱却し、
戦前・戦中体制(=全体主義体制)へと回帰せんとする、

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」
を実践したまでだと考えれば、
ふつうに合点がいくのです。


安倍元総理の外交面でのセンスの無さは、
当然批判の対象にされるべきだと思います。

今後、仮に政権奪取が実現しても、再び安易に
「戦後レジーム(体制)からの脱却」を唱えるようであれば、

私には期待よりむしろ、
不安の面が大きくなることを告白しておきます。


   ***

おそらく好意的に解釈すれば、

安倍元総理がいう「戦後体制」とは、
主に、占領体制下において部分的に実施された
全体主義的政策のことをさすのだろう、
と推測されるのですが、

「戦後レジーム(体制)」と聞いて、ただちに
「占領下における全体主義的政策」のことが思い浮かぶのは、
ごく少数だと思います。


また仮に、限定的に、

「戦後レジーム(体制)」
 =「占領体制下で部分的に実施された全体主義的政策」

と定義するにしても、それでは、

・全体主義的政策が、
 すでに戦前・戦中において、
 日本主導で数多く計画、実施されていた事実、

・占領下の全体主義的政策も、
 戦中から日本主導で準備、計画されていたものが少なくない事実、

から目を背けることになり、
やはり適切な定義ではないと考えられます。


つまり「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げて、

現代日本の発展を阻害している全体主義的政策が、
すべて占領制下に実施されたかのように理解することは、

戦前・戦中の日本が、
すでにどっぷりと全体主義的な政策に染まり、
敗戦間際には「共産革命」前夜ともいえる惨状にあった事実から
目を背けることにもなりかねません。

日本自らの責任を棚に上げて、不都合な現実はすべて、
アメリカが主導した占領体制のせいだと思い込むのは
事実に反しており、不誠実です。


   ***

もし安倍元総理が、

 (戦後の)自由主義体制からの脱却、
 (戦前・戦中の)全体主義体制への回帰

ではなく、

 (戦後の)自由主義体制の堅持

は当然のこととして、より限定的に、

 占領体制下において、
 部分的に実施された全体主義的政策からの脱却

を意図していたのであれば、より正確に、

 独立回復後の日本に残された
 「戦時レジーム(戦時体制=全体主義的政策)からの脱却」

とするのが正しいスローガンであったと思われます。


あくまで「自由主義体制」の堅持を明確にした上で、

戦前・戦中・占領下をふくめて、
日本で計画、立案、実施されてきた「全体主義的政策」を、
洗いざらい見直すのだ、と言われれば、
どこにも異論の余地はありません。


独立回復後の日本において、色濃く残された
 「戦時体制(=全体主義的政策)からの脱却」

と言われれば、

戦後日本の繁栄の礎となった
「自由主義体制」から離脱していくかのような誤解は、
間違っても受けなかったと思われます。



以上をまとめると

安倍元総理が用いた
 「戦後レジーム(体制)からの脱却」
というスローガンは、

 戦後体制(=自由主義体制)から離脱し、
 戦前・戦中体制(=全体主義体制)に回帰することを志す、

極右のスローガンと解釈しうるので、
不適切だったと思われます。


戦後の「自由主義体制の堅持」は当然のこととして、

戦前・戦中・占領下をふくめ、
日本で計画、実施されてきた「全体主義的政策」を、
洗いざらい見直すという意味で、

 「戦時体制(=全体主義的政策)からの脱却」

というスローガンであれば、
誤解はなかったと考えます。



※安倍元総理への正当な批判としては、
 中川八洋「“堕落と転落”の自民党二十年史」
 (『民主党大不況』清流出版、平成22年)284~290・314頁を参照。

※本稿にいう「自由主義」とは、
 歴史と伝統にもとづく自生的秩序(ハイエク)が
 保守、尊重されることを前提とした「自由主義」であり、
 弱肉強食を当然とする「自由放任主義」のことではありません。

※安倍元総理の政治的なスローガンとしては、
 新総裁就任時に述べられた
  「強い日本、豊かな日本」
 の方がわかりやすく、訴えかけてくる力があり、秀逸だと思いました。

【読了】畑正憲 『ムツゴロウと天然記念物の動物たち ― 森の仲間』


畑正憲 著
『ムツゴロウと天然記念物の動物たち ― 森の仲間』
(角川ソフィア文庫、平成24年9月)

 ※「グジョウジドリ」「コウモリ」「ニホンザル」「アマミノクロウサギ」
   「シロヘビ」「大雪山に生きるもの」の計6編。

 ※『天然記念物の動物たち』(角川文庫、昭和47年1月)を、
   改題の上、2つに分冊し、再編集したものです。
   単行本の初出は月刊ペン社、昭和44年。

最近『シートン動物記』の翻訳を読み比べているうちに、
ムツゴロウさんのことを思い出しました。

様々な方面で才能を発揮されている方ですが、
小中学生のころに『どんべえ物語』と『さよならどんべえ』に出会い、
圧倒的な感銘を受けたことから、

私には作家としての印象が強いです。


最近読んでいないなと思い、本屋で探してみたところ、
ほとんどの作品がすでに絶版であることがわかりました。

残念に思って、古本を探して買い集めようか、
と考えはじめていたのですが、

他でもそう思う方がおられたのか、
ずいぶん久しぶりに『天然記念物の動物たち』が、
再編集の上、2冊に分けて復刻されたことを知りました。

さっそく1冊購入し、読んでみたところ、
今から40年前の作品ですが、

文章に独特の力があって、
すぐに惹きつけられ、楽しく読み通すことができました。

昭和の日本の自然誌として、
出色の作品だと思います。


なお、本冊の最終章「大雪山に生きるもの」で、
1年間の企画の総まとめを書いてあったのですが、

確か自分の記憶では、
シリーズで何冊か出ていたはずだ、
と思って調べてみると、

本冊をきっかけとしてシリーズ化し、
全10冊(!)も発表されていたことを知りました。


畑正憲 著

『天然記念物の動物たち』
(月刊ペン社、昭和44年。角川文庫、昭和47年1月に再録。
 畑正憲作品集8、文藝春秋、昭和53年5月に再録)

『梟の森 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和53年6月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「梟の森」「白鳥の里」「羚羊の丘」「丹頂の野」の全4編。

『馬の岬 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和54年4月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「馬の岬」「鈍足の島」「鶏の町」「海燕の島」の全4編。

『北の鷲 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和55年7月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「北の鷲」「鶴の田」「瀬戸の狸」「猿の山」など全7編。

『北限の猿 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和56年1月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「北限の猿」「鷺の山」「鹿の都」「鷲の浜」など全7編。

『オロロンの島 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和57年7月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「オロロンの島」「岩魚と海豹」「兜蟹の海」「比叡の猿人」「鰻の井」「鶏の里」など全7編。

『雷鳥の山 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和59年2月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「雷鳥の山」「雁の沼」「北の犬」「鳩の街」など全7編。

『人魚の国 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和61年7月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「人魚の国」「ジャッカル犬」「はるか南の島へ」「山猫序曲」など全7編。

『オオサンショウウオの川 ― 天然記念物の動物たち』
(角川書店、昭和61年8月。角川文庫、平成5年5月に再録)
 ※「オオサンショウウオの川」「土佐の犬」「タナゴの川」など全7編。

『海亀の浜 ― 天然記念物の動物たち』
(角川文庫、平成5年5月)
 ※「海亀の浜」「甲斐の犬」「死滅への森」など全7編。


達意の文章とともに、
在野の一個人が執筆した
昭和の日本の自然誌としては、
他に類例がないのではないか、と思います。
(こちらの方面は詳しくないので、他にもどなたかいらっしゃるかもしれません)

古書で集めて
全部読んでみようかな、
と思っております。

2012年10月7日日曜日

【読了】Tim Vicary, Mary, Queen of Scots (OBW1)

やさしい英語の本、通算30冊目、
Oxford Bookworms の Stage 1 の 3冊目、

イギリスの現役の作家 ティム・ヴィカリー さんの
歴史小説 Mary, Queen of Scts を読みました。



Tim Vicary
Mary, Queen of Scots

(Oxford Bookworms Stage1)
1992年刊(6,540語)

スコットランド女王メアリー・ステュアート
(1542 - 1587 在位1542 - 1567)についての
やさしい伝記です。

基本的な史実は押さえつつ、
初学者にも興味が持てるように、
趣向を凝らした読み物になっているので、

メアリー女王について何もしらなかったのですが、
楽しんで読み終えることができました。

多少勉強しましたので、
歴史的な位置づけについてまとめておきます。
(にわか仕込みなので、間違えているかもしれません。)

   ***

現在のスコットランドとは、イギリスの正式名称
「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」を構成する4ヶ国
(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)のうちの1国です。

【連合王国の変遷】
1603年に、スコットランド王ジェイムズ6世(在位1567 - 1625)が、
イングランドとアイルランドの女王エリザベス1世(在位1558 - 1603)のあとを受け、
ジェイムズ1世(在位1603 - 1625)としてイングランド・アイルランドの王位を兼ね、
イングランドとスコットランドとアイルランドは「同君連合」の関係となりました。

その後「1707年連合法」によって、
イングランド王国(ウェールズを含む)と、
スコットランド王国の議会が統一して
「グレートブリテン連合王国」となり、

さらに「1800年連合法」によって、
1801年にアイルランド王国とも合同し
「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」となりました。

しかし1919年にアイルランド独立戦争が起こり、
アイルランド島の南部が、イギリスの自治領
「アイルランド自由国」として分離したため(1922年)、
1927年に国名を「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」に改名し、現在に至っています。

   ***

スコットランド女王メアリーとは、上記
スコットランド王ジェイムズ6世
(=イングランド王・アイルランド王ジェイムズ1世)の母親です。

このジェイムズ1世(在位1603 - 1625)のあと、
イングランド・スコットランド・アイルランドの王位を継いだのが、
チャールズ1世(在位1625 - 1649)ですが、

彼はジェイムズ1世の次男、メアリーの孫に当たり、
清教徒革命で処刑された国王として有名です。

メアリー女王とは、教科書にも出てくる
清教徒革命で処刑された国王チャールズ1世のおばあちゃんだよ、
といわれれば、ようやくわかった気になります。

   ***

スコットランドのメアリー女王は、
波瀾に満ちた人生を送った方です。

イングランドの女王エリザベス1世と同じ時代を生き、
2人が対照的な人生を送ったことなどから、

書物にも取り上げられることも多いようで、
少し調べてみると、

 アントニア・フレイザー 著/松本たま 訳
 『スコットランド女王メアリ』
  (上下2巻。中公文庫、平成7年5・6月。初出は中央公論、昭和63年2月)

 エリザベス・バード著/大藏雄之助 訳
 『わが終わりにわが始めあり ― 不滅の女王メリー・スチュアート』
  (上下2巻。麗澤大学出版会、平成18年12月)

 アレクサンドル・デュマ著/田房直子 訳
 『メアリー・スチュアート』
  (作品社、平成20年8月)

 桐生操 著
 『女王メアリ・スチュアート』
  (新書館、平成8年5月)

などが見つかりました。今回は手もとにあった

 森護 著
 『スコットランド王国史話』
  (中公文庫、平成14年3月。初出は大修館書店、昭和63年12月)

を参照しましたが、近々どれか手に入れて、読んでみようと思います。
エリザベス1世については、さらにたくさん邦訳書が出ていますが、
そちらはまたの機会に取り上げようと思います。


※Wikipidia の「イギリス」「スコットランド」、
  「メアリー(スコットランド女王)」「エリザベス1世」の項目も参照しました。

※計30冊 計245,437語。