◆原著(フランス語)の成立と、最初期の英語訳
フランスの小説家 ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne, 1828-2/8~1905-3/24)が、60歳のときに執筆した小説『二年間の休暇 Deux Ans de Vacances 』は、フランスの編集者ピエール=ジュール・エッツェル(Pierre-Jules Hetzel, 1814~1886)が1864年に創刊した文学雑誌『教育娯楽雑誌 Le Magasin d’éducation et de récréation 』の第47巻553号~48巻576号(1888-1/1~12/15)に24回に分けて掲載された。単行本は、同(1888)年6月18日と11月8日に2分冊(351+342頁)の普及版が、同年11月19日に1冊(469頁)の豪華版(挿絵92枚)が、J・へッツェル社(J.Hetzel )から刊行された。挿絵はフランスの画家 レオン・ベネット(Léon Benett, 1839~1916)が担当した。
初出雑誌の掲載巻号、発行年月日と対応する章及び挿絵の枚数は以下の通り。
①第47巻553号(1888-01/01発行)⇒第1章〔挿絵4枚〕
②第47巻554号(1888-01/15発行)⇒第2章〔2枚〕
③第47巻555号(1888-02/01発行)⇒第3章〔3枚〕
④第47巻556号(1888-02/15発行)⇒第4章〔3枚〕
⑤第47巻557号(1888-03/01発行)⇒第5章〔3枚〕
⑥第47巻558号(1888-03/15発行)⇒第6・7章〔3・3枚〕
⑦第47巻559号(1888-04/01発行)⇒第8章〔3枚〕
⑧第47巻560号(1888-04/15発行)⇒第9・10章〔1・4枚〕
⑨第47巻561号(1888-05/01発行)⇒第11章〔3枚〕
⑩第47巻562号(1888-05/15発行)⇒第12章〔4枚/地図1枚〕
⑪第47巻563号(1888-06/01発行)⇒第13・14章〔3・0枚〕
⑫第47巻564号(1888-06/15発行)⇒第14(承前)・15章〔3・2枚〕
⑬第48巻565号(1888-07/01発行)⇒第16章〔5枚〕
⑭第48巻566号(1888-07/15発行)⇒第17章〔4枚〕
⑮第48巻567号(1888-08/01発行)⇒第18章〔3枚〕
⑯第48巻568号(1888-08/15発行)⇒第19章〔4枚〕
⑰第48巻569号(1888-09/01発行)⇒第20・21章〔1・3枚〕
⑱第48巻570号(1888-09/15発行)⇒第22章〔4枚〕
⑲第48巻571号(1888-10/01発行)⇒第23・24章〔3・3枚〕
⑳第48巻572号(1888-10/15発行)⇒第25章〔3枚〕
㉑第48巻573号(1888-11/01発行)⇒第26章〔3枚〕
㉒第48巻574号(1888-11/15発行)⇒第27章〔3枚〕
㉓第48巻575号(1888-12/01発行)⇒第28章〔2枚〕
㉔第48巻576号(1888-12/15発行)⇒第29・30章〔2・1枚〕
挿絵は合計88枚。同年11月19日に刊行された単行本〔豪華版〕の挿絵は91枚という表示があるが、実物を未見のため、具体的な異同は今後の課題としたい。
★雑誌『Le Magasin d’éducation et de récréation 』 についてはインターネット上の【HathiTrust DIgital Library】上に公開されている画像を参照した(ミネソタ大学所蔵本、第47・48巻)。ただし雑誌を半年分ごとに1冊にまとめる際に、もとの各号の表紙、目次などを削除しているため、これらの画像から、各号の刊行日時を確かめることはできなかった。各号の刊行日時については、【Andreas Fehrmann’s Collectopn Jules Verne】上の研究成果[Pierre-Jules Hetzel: MAGASIN D’ÉDUCATION ET DE RECREATION - Übersicht / Résumé / Summary ]を参照した。このページの存在は、【The Internet Speculative Fiction Database】の項目「Jules Verne][Deux ans de vacances]への引用文献によって知った。単行本についての詳しい書誌も、【The Internet Speculative Fiction Database】の情報を参照した。
フランス語の小説であるが、日本語訳との関連からいえば、森田思軒(もりたしけん)の手になる本邦初訳『十五少年』(1896年刊行)が、英訳版からの重訳であったことから、最初期の英訳本についての情報も重要である。
英語訳は、1888年10月から翌89年6月にかけて、『太平洋での漂流 ― 男子学生乗組員たちの奇妙な冒険 Adrift in the Pacific ; or, the strange adventures of a schoolboy crew 』という題で、イギリスの宗教叢書協会(Religious Tract Society)が1879年に創刊した児童雑誌『ボーイズ・オウン・ペーパー The Boy’s Own Paper 』の第11巻508号~543号(1888-10/6~89-6/8)に36回に分けて掲載されたのが初出である。英語への翻訳者は不明。ヴェルヌによる原雑誌への掲載が終了する(88-12/15)2ヶ月前に、すでに英訳が開始されていたことは注目に値する。
①第11巻508号(1888-10/06発行) ⇒第01章〔挿絵2枚〕
②第11巻509号(1888-10/13発行) ⇒第01章(承前)〔1枚〕
③第11巻510号(1888-10/20発行) ⇒第02章〔1枚〕
④第11巻511号(1888-10/27発行) ⇒第02章(承前)〔2枚〕
⑤第11巻512号(1888-11/03発行) ⇒第03章〔3枚〕
⑥第11巻513号(1888-11/10発行) ⇒第04章〔3枚〕
⑦第11巻514号(1888-11/17発行) ⇒第05章〔3枚〕
⑧第11巻515号(1888-11/24発行) ⇒第06章〔4枚〕
⑨第11巻516号(1888-12/01発行) ⇒第07章〔3枚〕
⑩第11巻517号(1888-12/08発行) ⇒第08章〔3枚〕
⑪第11巻518号(1888-12/15発行) ⇒第09章〔1枚〕
⑫第11巻519号(1888-12/22発行) ⇒第10章〔4枚〕
⑬第11巻520号(1888-12/29発行) ⇒第11章〔2枚〕
⑭第11巻521号(1889-01/05発行) ⇒第12章〔3枚〕
⑮第11巻522号(1889-01/12発行) ⇒第12章(承前)〔2枚〕
⑯第11巻523号(1889-01/19発行) ⇒第13章〔3枚〕
⑰第11巻524号(1889-01/26発行) ⇒第14章〔3枚〕
⑱第11巻525号(1889-02/02発行) ⇒第15章〔2枚〕
⑲第11巻526号(1889-02/09発行) ⇒第16章〔4枚〕
⑳第11巻527号(1889-02/16発行) ⇒第17章〔4枚〕
㉑第11巻528号(1889-02/23発行) ⇒第18章〔4枚〕
㉒第11巻529号(1889-03/02発行) ⇒第19章〔3枚〕
㉓第11巻530号(1889-03/09発行) ⇒第20章〔1枚〕
㉔第11巻531号(1889-03/16発行) ⇒第21章〔2枚〕
㉕第11巻532号(1889-03/23発行) ⇒第22章〔2枚〕
㉖第11巻533号(1889-03/30発行) ⇒第23章〔2枚〕
㉗第11巻534号(1889-04/06発行) ⇒第24章〔2枚〕
㉘第11巻535号(1889-04/13発行) ⇒第24章(承前)〔2枚〕
㉙第11巻536号(1889-04/20発行) ⇒第25章〔4枚〕
㉚第11巻537号(1889-04/27発行) ⇒第26章〔3枚〕
㉛第11巻538号(1889-05/04発行) ⇒第27章〔2枚〕
㉜第11巻539号(1889-05/11発行) ⇒第27章(承前)〔2枚〕
㉝第11巻540号(1889-05/18発行) ⇒第28章〔1枚〕
㉞第11巻541号(1889-05/25発行) ⇒第28章(承前)〔1枚〕
㉟第11巻542号(1889-06/01発行) ⇒第29章〔2枚〕
㊱第11巻543号(1889-06/08発行) ⇒第29章(承前)〔2枚〕
最終章のほかは原著と同じ章立てで、原著と同じくレオン・ベネットの挿絵を同じ数(88枚)収録してある。おおむね原著の構成を忠実に伝えているが、後半をこえたあたりから文章の省略が目立つようになり、最終29章は原著の29+30章を一章に圧縮してある。編集方針に一貫性を欠くところがあり、完訳とはいえない。ただその後の英訳版(単行本)と比べると、情報量は最も多いようである(単行本をまだ手元に置けていないので、ほぼ頁数による推測。詳細な校合は今後の課題とする)。
★雑誌『The Boy’s Own Paper 』については、インターネット上の【HathiTrust DIgital Library】に公開されている画像を参照した(カリフォルニア大学所蔵本、第11巻)。1年分の雑誌を1冊にまとめて刊行する際に 『 The Buy’s Own Annual 』と改題されている。
英語訳の単行本は、1889年2月16日に、アメリカの「George Munro」社から「Seaside Library Pocket Edition」の1冊(260頁)として『二年間の休暇 A Two Years Vacation 』 と題して刊行されたのが初出である。英語への翻訳者は不明。原題に近い書名を採用し、上記の雑誌(英訳版)の掲載終了を待たずに(全36回中20回まで掲載中)刊行されていることから、イギリス版とはまったく別に企画された翻訳出版と推測される。ついで1889年11月に、イギリスの「Sampson Low, Marston, Searle & Rivington」社から『太平洋での漂流 Adrift in the Pacific 』と題して刊行された1冊(293頁)が続く。こちらも英語への翻訳者は不明。この版は、雑誌(英訳版)の掲載終了後、5ヶ月をへて刊行された同じ題名の1冊であり、雑誌原稿を単行本としてまとめ直した可能性が高いが、単行本を未見のため、詳しい検討は今後の課題としたい。このイギリス版は、1892年に「Sampson Low, Marston, & Company」社から2冊(151+142頁)に分けて再刊されている他、何度か再刊されているようであるが、詳しくはこちらも調査中である。
★初期の英語訳の単行本は、カナダのヴェルヌ収集家Andrew Nash 氏のホームページ【julesverne.ca】において、表紙の写真を確認した。刊行日時についての情報は、【The Internet Speculative Fiction Database】の項目「Jules Verne][Deux ans de vacances]を参照したが、こちらの典拠は、Stephen Michaluk, Jr. & Brian Taves 両氏編『ジュール・ベルヌ百科事典 The Jules Verne Encyclopedia 』(Scarecrow Press、1996年5月)による。
一つ気になるのは、【Internet Archive】上に、1889年に 「Sampson Low, Marston, Searle & Rivington 」社から刊行されたという 『Adrift in the Pacific 』 の写真版(ニューヨーク公共図書館所蔵)がアップされていることである(2013年6月公開)。これが上記の1889年11月刊行版と同一のものであれば、研究上大変便利だったのであるが、実際の映像をみると、確かに 『Adrift in the Pacific 』 とはあるが、刊行年の表記はなく、出版社も1889年版を刊行した 「Sampson Low, Marston, Searle & Rivington 」 ではなく「Sampson Low, Marston, & Company 」 とあり、これは1892年版刊行時の出版社名に等しい。何より本文176頁で全19章(1~9章〔101頁〕/10~19章〔75頁〕)に圧縮されていることからして、この写真版は、1892年以降に「Sampson Low, Marston, & Company」から刊行された1889年版(293頁)のさらなる簡略版である可能性が高いように思われる。
以上をまとめると、最初期の英訳本として確認できるのは、
(A) 『Adrift in the Pacific ; or, the strange adventures of a schoolboy crew 〔太平洋での漂流 ― 男子学生乗組員たちの奇妙な冒険〕』(雑誌『The Boy’s Own Paper 』第11巻508~543号、1888年10月~1889年6月)
(B)『A Two Years Vacation 〔二年間の休暇〕』(George Munro 社、Seaside Library Pocket Edition、1889年2月)
(C)『Adrift in the Pacific 〔太平洋での漂流〕』(Sampson Low, Marston, Searle & Rivington 社、1889年11月)
の3種である。同じ書名を採用していることから(A)をもとに(C)が刊行されたと推測されるが、(A)と(C)では出版社が異なっているので、一応別物と判断しておく。今回残念ながら単行本(B)(C)の本文を参照することができなかったので、今後精査したいと考えている。
本邦初訳を行った森田思軒が見た英訳本は、単行本『十五少年』の例言で、本書の原題が『二個年間の学校休暇』であることを指摘していたことから、(B)『A Two Years Vacation 〔二年間の休暇〕』であった可能性が高い。このことは波多野完治(はたのかんじ)氏が、1950年に発表した論文「十五少年漂流記の原本」(『ニュー・エイジ』〔毎日新聞社〕第2巻7号、1950年7月、71・72頁)において初めて確認された。同論文は翌51年に刊行された波多野完治訳『十五少年漂流記』(新潮文庫、1951年11月)の解説の一部に取り入れられているので、誰でも容易に参照できる(現行本〔66刷改版、1990年5月〕では、278~280頁)。
★なお波多野氏は新潮文庫版への解説において、小出正吾(こいでしょうご)氏が、戦後間もなく『十五少年漂流記』の英訳原本の問題について提起されていたことに触れられている。具体的な論文名を挙げていなかったので調べてみると、小出正吾著「『十五少年』について」(『日本児童文学』第2号、1946年12月、20・21頁)という論文が見つかった。この論文の内容は、小出正吾編『十五少年漂流記』(実業之日本社、1948年10月)の「あとがき」(294・295頁)の一部に取り入れられている。同書は「国立国会図書館デジタルコレクション」に映像が公開されているので、容易に参照可能である。