2011年7月18日月曜日
森信三『運命を創る』3
森信三『運命を創る 「修身教授録」抄10講』
(致知出版社、平成23年5月)より。
※印は、栗木によるコメントです。
3 読書
「読書が、われわれの人生に対する意義は、
一口で言ったら結局、
『心の食物』という言葉が
もっともよく当たると思うのです。」40
※読書とは「心の食物」です。
この言葉は、言い得て妙だと思います。
読書をすることによって、
心が育つという側面は見逃せません。
学校の教科書と新聞、週刊誌しか文字を読まない人生。
それはわりとありえる現実ですが、
とてももったいないことだと思います。
本を読ませる取り組みは、
今もいろいろと成されているようですが、
もっともっと積極的であって良いように思われます。
「われわれは、この肉体を養うためには、
一日たりとも食物を欠かしたことはなく、
否、一度の食事さえ、
これを欠くのはなかなか辛いと言えるほどです。
(中略)
ところが、
ひとたび『心の食物』ということになると、
われわれは平生それに対して、
果たしてどれほどの養分を与えていると言えるでしょうか。」42
※なぜ本を読むのか、
という問いは、いったん読み始めてみると、
あまりに当然のことになってしまうので、
そんな問い自体あまり必要なくなってしまうのですが、
まだそういう至福のときを手に入れていない
小中学生に対しては、
こういう説明は有効かもしれません。
また、「心の食物」という視点があれば、
ただやみくもに、手当たり次第に読めばよい、
とも言えないことがわかると思います。
親が食べ物に気をつかうように、
ある程度の年齢までは、
子どもが読む本についても
気をつかえるようにしておきたいものです。
「われわれの日常生活の中に宿る意味の深さは、
主として読書の光に照らして、
初めてこれを見出すことができるのであって、
もし読書をしなかったら、
いかに切実な人生経験といえども、
真の深さは容易に気付きがたいと言えましょう。」43
※娯楽のため、の読書もいいものですが、
自分を高めていくための読書、
は確かにあった方がよいと思います。
何より経験が重要なのは確かだと思いますが、
先人たちの知恵の結晶を、利用しない手はありません・
先人たちの知恵は、
読書によって吸収できる部分がかなりあります。
それを利用しない手はありません。
「その人にして、
いやしくも真に大志を抱く限り、
そしてそれを実現しようとする以上、
何よりもまず偉人や先哲の歩まれた足跡と、
そこにこもる思想信念のほどを
窺わざるを得ないでしょう。
すなわち自分の抱いている志を、
一体どうしたら実現し得るかと、
千々に思いをくだく結果、
必然に偉大な先人たちの歩んだ足跡をたどって、
その苦心の跡を探ってみること以外に、
その道のないことを知るのが常であります。」45
※若いときはもとより、
歳をとってからでも、
わからないことはたくさんあります。
現実の経験から学ぶことが、
おそらく一番大切だと思いますが、
それとともに、
先人たちの知恵の結晶ともいえる
さまざまな書物からしっかり学んでいくことは、
大きな志を持てば持つほど、
必要なことだと思います。
両方のバランスを取ることは
とても難しいことですが、
偉大な先人たちに学ぶ姿勢は
持ち続けていきたいです。
「読書などというものは、
元来ひとから奨められるべき
性質のものではないとも言えましょう。
つまり人から奨められねば読まぬという程度の人間は、
奨めてみたとて、結局たいしたことはないからです。」46
※外で働くことの方が、
絶対に大切なわけですが、
それを十分に認めた上で、なお、
読書には重大な意味があると思います。
本をほとんど読まない、
その程度の人間である、
と評価されることもあるんだ、
と知っておきましょう。
自分から、
どんな書物を選んで読んでいくのか、によって、
精神面での充実も、ある程度はかれます。
もちろん、それがすべてではありません。
「読書はわれわれ人間にとっては心の養分ですから、
一日読書を廃したら、
それだけ真の自己はへばるものと思わなければなりません。」48
『一日読まざれば一日衰える』48
※読書は毎日するのが普通です。
良書を毎日読む生活。
これは近くにいる人間が、
父親か母親、祖父母がしていないと、
難しいかもしれません。
勉強をするのが仕事ともいえる
若い人たちに伝える言葉としては、
とても良い言葉だと思います。
『偉大な実践家は、大なる読書家である』51
※実践することはとても大切ですが、
偉大な実践家として知られている人たちは、
たいてい相当な読書家であることが多いです。
私も見習いたいものです。
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