中川氏の著書、
『正統の哲学 異端の思想』を再読中です。
第1章から3章までを総論、
第4章から10章までを各論としていますので、
まずは第3章まで、各章の要約とともに、
感想、論評等を記したいと思います。
中川八洋 著
『正統の哲学 異端の思想 ―「人権」「平等」「民主」の禍毒―』
(徳間書店、平成8年11月)
本書執筆の意図は「はじめに」に明らかです。
平成3年(1991)12月に
ソ連邦が崩壊したことによって、
共産主義・全体主義思想の非なることが
明らかになったにも関わらず、
我々は、
自由社会に深く入り込んだ
全体主義思想の駆除作業を行なうことも、
自由社会の維持と発展に不可欠な、
哲学的支柱を再構築することもなかった。
自由を抑圧する「異端の思想」たる
全体主義の教義は、表現スタイルを変更するだけで、
何度でも蘇生してくる悪性のウイルスのようなものであり、
これに対抗するには、
自由社会の基軸となる
「正統の哲学」を改めて
構築しなおす必要がある(要約=栗木)。
このように考えて執筆されたのが、本書です。
それから20年が過ぎて、
著者の見通しの正しかったことは
より一層明らかになりつつあります。
自由社会に生きる我々が、
哲学的な基軸を深く理解する上で、
いまだ本書をこえるものはなく、
本書のもつ意義は
ますます大きなものとなっていると思います。
▽第一章(近代がうんだ「反・近代」―全体主義の源流フランス革命)では、
欧米の近代において、
・英国の名誉革命(1688年)や
米国の建国(1788年)から生まれた
“自由を尊重する正しい自由主義(真正自由主義)”の流れと、
・フランス革命(1789年)から生まれた
“自由を否定する狂ったデモクラシー(民主主義)”の流れの
二大潮流があることを踏まえて、
ソ連体制を生んだロシア革命(1917年)の源流が、
フランス革命にまでさかのぼることを明示しています。
さらに、
フランス革命の宗教的教義として、
「理性教」よ呼ぶべき理性に対する盲信があることを指摘し、
理性教の生みの親であるデカルト、
その大成者であるルソー、
その教義を受け継いだマルクスへと至る
「異端の思想」の流れを概観しています。
本章の意義は、西欧には、
「正統の哲学」にもとづく真正自由主義と
「異端の思想」にもとづく民主主義の
2つの大きな潮流があることを
指摘したところにあるでしょう。
学びはじめる際にまず必要なのは、
どちらに進めば良いのかがわかる、
大まかな座標軸です。
大筋さえ間違えなければ、
やがてしかるべき場所にたどりつけるものですが、
はじめの見通しを間違うと、
とんでもない方向へ進んでしまって、
後からの修正が効かなくなることは
よくあることです。
人間の考え方とは、
2,30代までに固まってしまうと、
あとは一生涯、修正できないものだと思います。
本章によって、
共産主義・全体主義の批判には、
マルクスやレーニンだけでなく、
フランス革命のイデオローグであるルソー、
さらに理性教の生みの親であるデカルトにまで
遡らなければならないことを教えていただき、
たいへん勉強になりました。
初めて読んだ時には、
もう大学を卒業していましたが、
その後、大きく道をそれることはなく、
有意義に勉強を進めることができました。
▽第二章(「進歩」という狂信)では、
まず、
ロシア革命(1917年)の経験を踏まえた
社会主義(共産主義)思想への批判として、
主にベルジャーエフ、
それからハイエク、ラッセルを取り上げ、
「進歩の宗教」たる
社会主義(共産主義)思想についての
分析を行なっています。
その上で、
マルクス・レーニン主義へと至る、
社会主義(共産主義)思想の系譜について、
「マルクス・レーニン主義の根/幹/枝/花」(図-1)
「全体主義思想(狂信の哲学)の系譜」(図-2)
の二つの図にまとめています。
本章の意義は、
デカルト、ルソーから
マルクス・レーニン主義へと至る
全体主義(共産主義・社会主義)思想の
全体的なつながりについて概観してあるところでしょう。
こうした整理は、
他では意外に行なわれていないので、
たいへん役に立つと思います。
ベルジャーエフは以前に読んだ時は
私には深遠すぎて良く意味がつかめませんでした。
この機会に、また読んでみようと思っております。
また、ラッセルの著作について、
1950年代以降に「親ソ」一辺倒に染まるまでは
見るべきものもあって、
『ロシア共産主義』(1920)
『西洋哲学史』(1945)
の2書を挙げてあるのは参考になりました。
こちらは未読なので、読んでみようと思います。
▽第三章(真正自由主義〔伝統主義、保守主義〕)では、
まず、
西洋近代の政治思想には
一、真正自由主義
(英米では「保守主義」という。「小さな政府」派)
二、左翼的自由主義
(米国では「リベラリズム」という。「大きな政府」派)
三、全体主義
(社会主義・共産主義に代表される)
の三つの潮流があること、
全体主義は、
民衆参加型の政治制度たるデモクラシーから
しばしば生み出されること、
全体主義と真正自由主義とは
水と油の対立関係にあることなどを踏まえ、
日本の「保守」とは、
そのほとんどが左翼的自由主義者に他ならず、
真正自由主義者は、ほぼ壊滅状態であることを指摘しています。
その上で、
フランス革命に対する激越な批判を行い、
自由社会の生き残る正統な道筋を明示した、
真正自由主義(保守主義)の開祖たる
エドマンド・バーク、
20世紀が生んだ
真正自由主義の偉大な政治家たる
ウインストン・チャーチル(英国首相)、
マーガレット・サッチャー(英国首相)、
ロナルド・レーガン(米国首相)、
真正自由主義の大思想家たる
フリードリヒ・フォン・ハイエク
について各々その特色を整理しています。
さらに、
健全な思想家たる「正統の哲学者」27名と、
狂信の哲学を創造した「有害な思想家」27名を、
「『正統の哲学』者と『狂信の哲学』者」(表-2)
としてその主著とともに整理し、紹介しています。
本を読む時間は限られていますので、
悪書をできるだけ遠ざけ、
良書を読むのに時間を割こうと思えば、
こうした道しるべを整えて下さったことは
たいへん有益であり、実際とても役に立っております。
良書を見分けるポイントは、
(a) 人間の理性への過剰な信頼、
「理性主義」「合理主義」への信仰。
(b) 人間が完全なものへと進歩すること、
完全な人間社会が未来に出現することを確信する、
「未来主義」「進歩主義」への信仰。
過去への侮蔑・憎悪。
(c) 人間の平等と民衆への過剰な期待、
「平等主義」への信仰。
人民崇拝教。
の三点が排除されているかどうかです(71頁)。
慣れてくれば、
今現在活躍されている論客の方々にも
当てはめて考えることができるので、
たいへん役に立ちます。
私は、本章によって、
はじめてバークの重要性を知りました。
ただし『フランス革命の省察』は
執筆された時代背景等がわかっていないと
なかなか手強い書物のようで、
読みかけていったん挫折しております。
もう少し、自分の勉強が深まるまで取ってあります。
どちらかといえば、ハイエクの方が、
ほとんど同じ時代を生きた方なので、
わかりやすく、今の日本に当てはまるところも多く、
長いつきあいをして行きたいと思っております。
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