中川八洋氏の著書から1冊選ぶとしたら、
氏が51歳(平成8年)のときに執筆された
『正統の哲学 異端の思想』を挙げます。
20代の半ば、
大学院に進んで間もなく本書に出会い、
大きな知的刺激を受けました。
本書で中川氏が紹介された
良書リストを自分でもたどり直し、
熟読吟味する日々は実に楽しいものでした。
少々勉強する時間ができた機会に、
『正統の哲学 異端の思想』以降の著作群を、
再読していこうと思っております。
(2012-2/20付のブログを修正し、再掲。
途中で挫折したので、再挑戦。旧稿は削除しました)
中川八洋 著
『正統の哲学 異端の思想 ―「人権」「平等」「民主」の禍毒―』
(徳間書店、平成8年11月)
執筆の意図(「はしがき」を適宜要約)。
平成3年(1991)12月に
ソ連邦が崩壊したことによって、
共産主義・全体主義思想の非なることが
明らかになったにも関わらず、
自由社会に深く入り込んだ
全体主義思想の駆除作業を行なうことも、
自由社会の維持と発展に不可欠な、
哲学的支柱を再構築することもなかった、
そんな日本の状況を憂い、
表現スタイルを変えるだけで、
悪性ウイルスのように何度でも蘇生する、
全体主義の教義(異端の思想)に対抗すべく、
自由社会の基軸となる
「正統の哲学」を再構築する必要がある、
と考え、
4年の歳月をかけて執筆されたのが、
本書です。
***
それから20年が過ぎて、
共産主義・全体主義的な思想は、結局、
駆除されぬまま生き残り、表現スタイルのみ変え、
「保守」に偽装し、蔓延するようになって来ました。
相応の知力がなければ、
自由社会の真の「敵」を
見つけにくくなっている現状だと思います。
自由社会に生きる我々が、より具体的に、
自由社会が立脚する哲学的な基軸について
理解しようと思えば、
いまだ本書をこえるものはありません。
本書を再読する理由です。
◎「第Ⅰ部 総論 ― 真正自由主義離脱の代償」(第一~三章)
▽「第一章 近代がうんだ「反・近代」― 全体主義の源流フランス革命」
・欧米の近代には、
二つの潮流があります。
その一つは、
*「正統の哲学」に立脚する、
英国の名誉革命(1688年)や
米国の建国(1788年)から生まれた、
“自由を尊重する正しい自由主義(真正自由主義)”
の流れであり、もう一つは、
*「異端の思想」に立脚する、
フランス革命(1789年)から生まれた、
“自由を否定する狂ったデモクラシー(民主主義)”
の流れです。
・平成3年(1991)に崩壊した
ソ連体制を生んだロシア革命(1917年)の源流は、
「悪の起源」たるフランス革命(1789年)にまでさかのぼることができます。
・フランス革命の宗教的教義として、
「理性教」と呼ばれる理性への盲信がありました。
理性教の生みの親はデカルト、
理性教の大成者はルソー、
その教義を受け継いだのがマルクスです。
以上、大まかに過ぎる要約でした。
西欧の思想に、
「正統の哲学」たる真正自由主義と
「異端の思想」たる民主主義(全体主義)の
二つの大きな流れがある、とは、
本書で初めて教えられた考え方でした。
いったん腑に落ちてくると、
たいへん役に立つのですが、
それまで
自分なりに積み重ねてきた物の見方を、
いったん突き崩さねばならない
心理的な抵抗感もあったからか、
自分の中で、
本当に消化されて来るまでには、
十年位かかったように思います。
▽「第二章 「進歩」という狂信」
本章では、
ロシア革命(1917年)の思想的要因たる
「社会主義(共産主義)思想」への批判として、
主にベルジャーエフ、
それからハイエク、ラッセルによりつつ、
進歩を盲信する宗教たる「社会主義(共産主義)思想」
についての分析を行なっています。
その上で、
マルクス・レーニン主義へと至る、
社会主義(共産主義)思想の系譜を、
「マルクス・レーニン主義の根/幹/枝/花」(図-1、45頁)
「全体主義思想(狂信の哲学)の系譜」(図-2、47頁)
の2つの図にまとめてあります。
以上、これまた大まかに過ぎる要約でした。
本章で役に立つのは、
デカルト、ルソーから
マルクス・レーニン主義へと至る
全体主義(共産主義・社会主義)思想の
系譜について概観してあるところです。
こうした整理は、
初学者にとって一番有用であるにもかかわらず、
研究者の本当の力量が問われることから、
西洋思想史の概説を読んでいても、
どこにも触れられていないことが多いです。
必ずしも中川案を
そのまま受け入れる必要はないと思いますが、
大体の流れとしては、
今のところこれで誤りないと考えています。
本章で肯定的に取り上げられている
ベルジャーエフは、以前は深遠すぎて、
私には良くわからなかった記憶があります。
そろそろまた読んでみようかなと思っております。
もう一点、ラッセルの著作について、
1950年代以降に「親ソ」一辺倒に染まるまでは
見るべき成果もあって、
『ロシア共産主義』(1920)
『西洋哲学史』(1945)
の2書を挙げてあるのは参考になりました。
こちらは未読なので、読んでみようと思います。
▽「第三章 真正自由主義(伝統主義、保守主義)」
はじめに、近代政治思想の潮流を概観してあります。
・西洋近代の政治思想には
一、真正自由主義
(英米では「保守主義」という。「小さな政府」派)
二、左翼的自由主義
(米国では「リベラリズム」という。「大きな政府」派)
三、全体主義
(社会主義・共産主義に代表される)
の三つの潮流があり、
全体主義と真正自由主義とは、水と油の対立関係にあります。
・全体主義は、しばしば
デモクラシー(民衆参加型の政治制度)から生み出されます。
・日本の「保守」は、
そのほとんどが左翼的自由主義者であり、
真正自由主義者はほぼ壊滅しています。
続いて、真正自由主義の開祖について解説しています。
取り上げられているのは、
・フランス革命に対する激越な批判を行い、
自由社会の生き残る正統な道筋を明示した、
真正自由主義(保守主義)の開祖たる
エドマンド・バーク、
・20世紀が生んだ
真正自由主義の偉大な政治家たる
ウインストン・チャーチル(英国首相)、
マーガレット・サッチャー(英国首相)、
ロナルド・レーガン(米国首相)、
・真正自由主義の大思想家たる
フリードリヒ・フォン・ハイエク
の5名です。
最後に、
良書を見分ける際に
排除すべき三つのポイントとして、
(a) 人間の理性への過剰な信頼、
「理性主義」「合理主義」への信仰。
(b) 人間が完全なものへと進歩すること、
完全な人間社会が未来に出現することを確信する、
「未来主義」「進歩主義」への信仰。
過去への侮蔑・憎悪。
(c) 人間の平等と民衆への過剰な期待、
「平等主義」への信仰。
人民崇拝教。
を挙げ(71頁)、
健全で有益な思想家「正統の哲学者」27名と、
危険で有害な思想家「狂信の思想家」27名を、
「『正統の哲学』者と『狂信の哲学』者」(表-2、73頁)
としてそれぞれの主著とともに整理、紹介しています。
以上、要約でした。
仕事を持つと
読書の時間は限られて来ますので、
悪書を遠ざけ、良書を読むのに
できる限り時間を割きたいものです。
ここで大まかにせよ、
一つの道しるべを整えて下さったことは大変有益であり、
実際とても役に立って来たことを告白しておきます。
良書については、巻末の
「文献リスト ― 『悪書』の過剰と『良書』の欠乏」
でもう一度詳しく取り上げています(350 - 358頁)。
本書によって初めて、
バークの存在とその重要性について知りました。
ただし『フランス革命の省察』は
時代背景などが良くわかっていないと
なかなか手強い書物で、
まだもう少し自分の勉強が深まるまで取ってあります。
どちらかと言えば、
ハイエクを読むことに集中したいと思っていたのですが、
いざ読んでみるとハイエクもまた難解で、
今はハイエクを理解する前提として、
アダム・スミスとミルトン・フリードマンに取り組んでいます。
スミスはこなれた翻訳があり、
フリードマンは議論がわかりやすいです。
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