中川八洋 著
『正統の哲学 異端の思想 ―「人権」「平等」「民主」の禍毒―』
(徳間書店、平成8年11月)
(承前)
▼「第Ⅱ部 各論―隷従の政治か、自由の政治か」(第四~十章)
▽「第四章『平等教』の教祖ルソー ― 全体主義と大量殺戮の起源」
本章では、
ジャン=ジャック・ルソーの政治哲学について、
その主著
『学問芸術論』(1750年)
『人間不平等起源論』(1755年)
『政治経済論』(『百科全書』第5巻、1755年)
『社会契約論』(1762年)
『エミール』(1762年)
によりつつ概要を整理しています。
一言でいえば、
原始(野生)に回帰することによって
理想の人間性が回復すると夢想する、
社会の現実を真逆に捉えた哲学です。
・ルソーが理想とする人間とは、
人間らしい社会関係の経験を欠く、
野蛮な自然状態に生きる「自然人」(未開人、野蛮人)であり、
文明の所産である学問や芸術を身につけた
「文明人」に対して激しい憎悪を抱いていました。
・ルソーが理想とする社会とは、
個人の私有財産、自由、権利、生命のすべてを
「社会契約」(入信)によって共同体に譲り渡した、
自由のない構成員(奴隷)による完全平等社会であり、
個人の私有財産、自由、権利、生命を、
基本的に不可侵のものと考える「文明社会」に対して、
これまた激しい憎悪を抱いていました。
・ルソーは、
文明社会(秩序ある自由社会)の活力の源泉である
「結果の不平等」を徹底的に憎悪しました。
そして、結果の不平等をなくすためには、
自由競争を否定し、私有財産を否定し、
みなが何も持たなくなれば良い、と考えました。
しかし何一つ、自分のものがない
自由を失った人間とは「奴隷」に他ならないわけなので、
ルソーが理想としたのは、
「全人民の完全奴隷化国家」(107頁)
だということになります。
・しかし、健常な人間はふつう
奴隷になることを望まないものなので、
ルソーの理想を実現するためには、
人民を強制的に奴隷化する
法(命令)を下す「立法者」(独裁者)
の存在が不可欠なものとなって来ます。
・実際、ルソーは自身を
全知全能の「神」と見立て、
理想を実現するには、
人民が服従すべき「一般意志」を体現し、
命令に背く人民を一方的に処刑しうる、
「立法者」(独裁者)の存在が不可欠だ、
と考えました。
・さらにルソーは、
一般意志(教義)への入信者を増やすために、
洗脳教育の聖典たる『エミール』を執筆しました。
・絶対者(立法者)が立法と教育を独占し、
すべての人民が、この絶対者に完全に服従し、
奴隷のように従順に徹する国家の実現に向けた、
十全な方策を提示したのが、ルソーです。
以上、大まかな要約でした。
ルソーの害毒は、
今でもそれほど知られていないので、
本書に出会わなければ、
何も知らぬままルソーと格闘し、
2、30代の貴重な時間を浪費していたかもしれません。
悪書は反面教師で
読んだ方が良いこともありますが、
ルソーは本音を隠し、
もってまわった言い方で、
読み手に気がつかせぬまま、
異端の道へと誘いこむ洗脳性が高いので、
自分の中で、
健善な哲学が確立されるまでは、
遠ざけておいた方が無難でしょう。
今のところルソーは、
時折、興味半分で読んでみて、
言い知れぬ不快な気分を味わって、
放り投げる程度でいいかな、と思っております。
なお、
ルソーを批判的な立場から解説した
日本語で読める概説書はほとんどありません。
少し調べてみると、
本書の刊行後に翻訳されたものとして、
デイブ・ロビンソン著、渡部昇一 監訳
『絵解き ルソーの哲学―社会を毒する呪詛の思想』
(PHP研究所、2002年8月)
D.モルネ著、高波秋 訳
『ルソー』(ジャン・ジャック書房、2003年11月)
が見つかりました。
ロビンソンのは内容的に深みに欠けるところがあり、
モルネ(『フランス革命の知的起源』の著者)のは未読なので、
近々手に入れようと思います。
▽「第五章 フランス革命―人類の『負の遺産』」
〔第二・三節より〕
・フランス革命の真の目的は、
ルソー教(理性教、平等教)を新たな「国教」とする、
政教一致の新・宗教国家を創造することであったと考えると、
理解しやすいです。
・フランス革命
=新宗教「理性教、平等教」による宗教革命運動
と考えれば、
既存の政体を破壊する「王制廃止」にとどまらず、
既存の宗教を破壊する「キリスト教潰し」が行われた理由も了解できます。
新たな「理性教」への改宗を
強制せんとする宗教的興奮が、
史上稀にみる残忍非道な殺戮が行われたと考えれば、それなりに理解できます。
・アメリカの独立を想起すれば、
「旧体制(君主制)」から
「新体制(共和制)」へと
政治体制を変革するために、
国家の歴史を抹殺し、
過去との断絶を行なう必要はまったくなかったことがわかるでしょう。
しかしフランスでは、
新宗教「理性教」による
新たな宗教国家の創設を目指していたからこそ、
旧権力を「聖戦」によって「征服」し、
現状を徹底的に破壊し、歴史を抹殺し、
過去との切断を行なう必要があったわけです。
・過去との切断とは、
それまで国家の強大な権力が、
個々の国民に直接及ぶのを阻んできた
「中間組織」(王制下で育まれた伝統や慣習。既存の法秩序など)
を壊滅させることに他なりません。
その結果、必然的に、
権力の「超中央集権化」が進むことになり、
フランス国王をはるかに上回る権力を、
独裁者ロベスピエールが手中にすることになりました。
・「共和制」を目ざして
「君主制」を転覆させたところ、
国王をはるかにしのぐ権力を手にした「独裁者」が、
史上稀にみる恐怖政治を行うことになったのがフランス革命でした。
〔第四・五節より〕
・フランス革命の精神的支柱たる
ルソーの「理性教」のその後の継承は、
ルソー
→(ロベスピエール)
→バブーフ
→ブォナロッティ
→マルクス/エンゲルス
→レーニン/トロツキー
→スターリン
という系譜によってまとめられます。
ルソーの教義が、
ロシア革命の精神的支柱たる「社会主義教」として、
より純化されたかたちで継承されていくさまを追うことができます。
・最後に、近代の革命を、
表-3 近代「革命」の類型
に整理し、
「野蛮への退行」型と
「文明的な発展」型の2つに分類しています。
イギリス清教徒革命(1642~49年)
フランス革命(1789~94年)
ロシア革命(1917~91年)
は前者であり、
イギリス名誉革命(1688年)
アメリカ独立の「革命」(1776~88年)
明治維新(桜田門外ノ変~1868年)
は後者です。
以上、要約でした。
こうしたフランス革命の見方は、
必ずしも中川氏独自のものではないと思いますが、
ふつうに学校で歴史を学んでいて、
フランス革命が否定的に扱われることは稀でしょうし、
革命に2種類あることを学ぶ機会もまずないでしょう。
日本人の学者が書いた
フランス革命の概説書も、
かつてほど賛美一辺倒でないにしても、
基本的な認識として、
肯定的にフランス革命をとらえているものがほとんどです。
中川氏の本書をスタートに、
より深く学ぼうとした場合の、
信頼の置ける参考書がほしいなあ、と思っています。
まじめに勉強して、気がついたら極左路線に一直線では困ります。
さらにいえば、
フランス革命について勉強しようと思うと、
中川氏のいう「狂信派」の文献の方が、
訳がこなれていて、予定調和な世界が描かれているからか、
わかりやすいものが多いので注意する必要があります。
最近の「良識派」の研究として、
ルネ・セディヨ著、山崎耕一 訳
『フランス革命の代償』(草思社、1991年9月)
をあげていましたので、この機会に購入しました。
豊富なデータが整理してある便利な本なので、
通読しておこうと思います。
そのほか、
「フランス革命に関する、
マルクス主義的なドグマなどに基づかない、
邦訳された代表的著作」(122頁)として、
1) エドマンド・バーク著、半澤孝麿 訳
『フランス革命の省察』(みすず書房、1978年)
※他にもいくつか翻訳がありますが、半澤訳が一番正確です。
※原著は1790年。
2) アレクシス・ド・トクヴィル著、井伊玄太郎 訳
『アンシャン・レジームと革命』
(りせい書房、1974年。のち講談社学術文庫、1997年)
※小山勉の新訳『旧体制と大革命』(ちくま学芸文庫、1997年)もある。
※原著は1856年。
3) イポリット・テーヌ著、岡田真吉 訳
『近代フランスの起源―旧制時代(上・下)』
(角川文庫、1963年。全12巻のうち最初の2巻分の翻訳)
※原著は1885年。
4) D・モルネ著、坂田太郎・山田九朗 訳
『フランス革命の知的起源(上・下)』
(勁草書房、1969・1971年)
※原著は1933年。
5) J・L・タルモン著、市川泰治郎 訳
『フランス革命と左翼全体主義の源流』
(拓殖大学海外事情研究所、1964年)
※原著は1951年。
をあげています。
3・4・5は未読なので、
近々手に入れたいと思っています。
未だ邦訳のない重要文献も多いようなので、
遅ればせながら、語学力の鍛錬も続けたいと思います。
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