2011年4月26日火曜日

鈴木鎮一 『愛に生きる ― 才能は生まれつきではない』1章

小中学生のときに、
ヴァイオリンを習わせてもらえたお陰で、
鈴木鎮一氏のことは、物心ついたころから知っていました。

しかし、その深い教育哲学について、
知る機会を得たのは、大学に進学して、
たまたま鈴木氏の著作を何冊か読んでからのことです。



鈴木鎮一著 『愛に生きる ― 才能は生まれつきではない』 
(講談社現代新書、1966年8月。※2009年10月時で、87刷!)


に、鈴木氏の基本的な考え方は凝縮されていますので、
私が共鳴する部分を、数回に分けて、取り上げたいと思います。
※印は栗木によるコメントです。

◆まえがき

「運ということを、
 わたしは否定できません。
 この世に生まれたということ自体が、
 やがて死ぬことと同様に、
 すでにどうしようもないことだからです。

 けれども、よかれあしかれ、
 いったん育てられたわたしたちは、
 死ぬ日まで、自分で生きねばならない。

 するとそこに、
 いかに生きるかという、
 のっぴきならない問題が出てきます。

 育てられなかった能力は自分でつくらなければならない。
 悲運にめげないで、
 よい人生に転換しなければならない。
 それはあきらめてしまってはいけないし、
 あきらめることもない。

 そしてそれは、
 ひとそれぞれに可能なのです。」4

※各々それなりに不平等な人生を、
 いかに生きるか。

 生まれ落ちたときの
 運ということは人それぞれにあります。

 それは生活環境などの外側の問題であることもあるし、
 自分の学習能力などの内側の問題であることもあります。

 現実を受け入れることは大切ですが、
 人の個人的な能力は、
 生まれて後の、学習、努力によって、
 相当程度、補うことができるものです。

 親の立場でよく見極めて、
 適切な助力ができれば、
 それが一番でしょう。

 ただ大人になってからでも、
 勉強の機会さえ怠らなければ、
 知的な能力については、
 相当程度、アップさせることが可能です。

 自らの努力によって、
 自分の能力はそれなりに
 つけていくことができる、と考えます。


◆1章 能力は育てるものだ

「たしかに、人間も同じことで、
 なにをするにしても、やり始めはゆっくりですね。
 能力が身につく手続きには時間がかかる。
 でも、やがてついた能力が、
 さらに高い能力を育てるということはまったく事実ですね。

 もうだめだとあきらめてしまうと、
 せっかく育ち始めていた能力も、
 外に現われずにしぼんでしまう。
 そこを忍耐強くくり返す。
 そうすれば、りっぱに育ってくる。」17

※新しい能力の身につき方。
 せっかちにはならないこと。

 正しい方法で、
 ゆっくりとしつこいくらい
 くり返していくことが大切だと思います。

 しかしただくり返せば良いわけではなく、
 正しいやり方で、くり返すことが大切です。

 とはいえ、正しいやり方かどうかは、
 自分ではなかなかわからないので、
 良い先生との出会いが、
 とても大切なものになって来るのだと思います。

 一人で勉強せざるを得ない場合は、
 謙虚な気持ちで、
 絶えずこのやり方でいいのかどうか考え、
 良いものに出会えたら、
 いつでも改める覚悟をもつことが必要でしょう。

 諦めたらそこで終わりなので、
 諦めずに続けることが大切です。


「人間のひとりひとりの姿には、
 それぞれの歴史が刻みこまれています。
 その能力も、感覚も、心も。
 ひとそれぞれの顔、その目を心して見るとよろしい。

 そこには、
 生きてきたその日までの生活の歴史があり、
 全人格が現われています。
 そしてまた、
 その歴史の刻印は、
 その人生の歩みとともに刻々変化していきます。」22

※生まれつき、ではない部分に目を向ける。

 人を見る目を養うには、
 自分自身が日々精進して、
 自分を高める努力を怠らないことが大切ですが、

 若いうちに色々な経験を積んで、
 人間のどろどろした側面も、
 それなりに見ておいた方が良いのかもしれません。

 人はまずは見た目で評価されるものですが、
 その人の内面にもつねに目を配り、
 一見パッとしない感じでも、
 逆に少し刺のある感じでも、
 結果として評価される組織であれたらいいな。

 でもやはり、
 人一人の評価とは、
 軽々しくありたくはない。

 たまたま自分の組織とは縁がなくとも、
 他では大活躍する可能性を秘めていることを
 忘れずにいたい。


「能力は生まれつきではない」22
「環境にないものは育たない」29
「乳児の素質は知りようがない」29

※正直なところ、
 生まれついての個々の能力の差は、
 それなりにあると思います。

 ただ確実なのは、
 そこに逃げ込んだところで、
 何も解決しない、ということです。

 一個人としての対応としては、
 自分の能力の成長を信じて、
 自分なりの努力を続けていくこと、
 それしかないと思います。


「すべての文化的能力は内部から遺伝によって発生するのではなく、
 外の環境条件に順応して、内部に育つのである。

 遺伝として生ずる人間の優劣をいうならば、
 能力の獲得、能力形成の力の優劣、
 つまり、環境に順応する能力の感度と速度との優劣の問題である。
 こうわたしは考えるのです。

 したがって、
 すぐれた素質をもって生まれているということの意味は、
 環境に順応する感度・速度がすぐれているということです。」31

※すこし抽象的ですが、生まれつきというもの、
 素質というものへの、基本的な心がまえとして大切な考え方です。

 鈴木氏は、能力を自ら獲得し、
 自ら形成していく力に優劣があることは認めています。
 つまり個々の能力によって、環境に順応する感度、速度については、
 生まれながらに優劣がある、といっているのです。

 しかし文化的な能力については、
 個々の素質に合わせて、
 正しい方法で、日々の努力をくり返していけば、
 必ず達成できる、と言っているのです。


「『先生、うちの子はものになるでしょうか。』
 おかあさんのこの問いに、わたしは笑って答えました。
 『いや、おかあさん、ものにはなりませんよ。』
 (中略)
 『しかし、お子さんはりっぱな人間になられます。
 それだけでいいではありませんか。
 ものにならないなら、
 むだだからやめさせようという意味がふくまれるのはいけません。
 ものになるかという考えには、
 うちの子は使いものになるか、
 悪くいえば、くいものになるかという
 いやらしさがひそんでいるとも考えられます。

 すこしでもりっぱに、
 より美しい心のひとに、
 そして幸福な道へ……
 子どもを育てる親としての心配はそれだけでじゅうぶんでしょう。
 人間としてりっぱに育てば、
 りっぱな道がひらかれ、
 人間としてだめにしてしまえば、
 子どもはだめな道を歩いていく以外になくなるのです。

 お子さんのヴァイオリンはりっぱに育っています。
 おかあさん、わたしたちは、
 心をますますりっぱにするように努力しましょう。』」34

※子どもの何を育てるのか、
 どこに目を向けるのか、つい忘れがちなので、
 気をつけたい言葉です。

 人間としてりっぱに育てること。
 これ以上に大切なことはありません。
 すべてはそのための教育であることを、
 つねに忘れないようにします。

 テストの点数も大切ですが、
 そこに至る過程で、何をしたのかを大切にしたい。

 人それぞれなので、
 こうすれば絶対にうまくいく、
 ということはないはずです。

 一人ひとりに真剣に向き合って、
 この子にとって、一番大切な向き合い方は何か、
 考えて行動していきたい。

 教師もまた、
 そうした日々の努力によってこそ、
 磨かれるのだと思っています。


『先生と親とが降参するまでやりましょう。』38
「子ども・母親・先生が一体となっての恐ろしい努力でした。
 そして不可能と見えたことが、
 やり続けているうちに可能になった。
 降参したら不可能のままで終わったはずの能力が生まれた。
 目に見えないわずかずつの能力が新しい能力を助け育てて、
 ついに一つの大きな能力になったのです。」39

※教育は根くらべ。
 親より先に、
 子どもより先に、諦めないこと。

 本人が何とかしたい、
 と思って、努力をしている子に対しては、
 何がなんでも結果を出してあげる、
 できるかぎりの助力をしてあげる、
 のは当然のことだと思います。

 ただし、わりと今は、
 はじめから気力がなく、
 がんばる気がなく、
 どうせ私はできないから、
 とすべて諦めてしまっている子が多いようです。

 そういう場合は、
 やはり自分自身の問題なので、
 あの手、この手を使って
 まず本人のやる気を引き出すことが必要です。

 ただし根が深いと、
 かなり時間がかかることが多いです。
 基本は、信じて受け入れて、期待して、
 待ち続けることだと思います。

 こちらが諦めてしまわないことが大切です。


「能力は生命である」40
「人間のすべてをつかさどっているのは生命の力です。
 生きようとする生命活動……
 それが環境条件に応じて大きな力を発揮します。

 ただ、鍛えることによって、
 人間の生命活動は本来の姿を現わし、
 能力を生みます。

 その能力は、
 さらに休みなく訓練することによってすべての困難を解決し、
 より高い能力となっていきます。」40

※能力を育てるとは、
 自分の生命の力を信じることなんだ、
 ということは、いわゆる学校の勉強だけをしていると、
 わかりにくいかもしれません。

 でもスポーツや芸術の世界についてみれば、
 それはよく分かることだと思います。

 生命のというものから、
 人間の能力というものを見つめ直し、
 その能力を育てるにはどうしたら良いのか、
 根本的に深いところから考え直し、
 実践されたのが、

 鈴木氏の偉大さだと思います。

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